未来義塾

〈危機の時代を生きる〉 インタビュー㊦ 作家 佐藤優氏

お問い合わせはこちら

〈危機の時代を生きる〉 
インタビュー㊦ 作家 佐藤優氏 

八王子市徹底責任個別指導
未来義塾✎✎

〈危機の時代を生きる〉 インタビュー㊦ 作家 佐藤優氏

2022/06/13

〈危機の時代を生きる〉 インタビュー㊦ 作家 佐藤優氏

この危機の時代にあって、平和・文化・教育の活動を広げゆく、創価学会が果たすべき役割とは何か――。
11日付に続き、作家の佐藤優氏へのインタビューを掲載する。(聞き手=萩本秀樹、村上進)

違いを超えて友情と信頼を育む
学会員の姿は「生きた宗教」の証し

平和行動の原点

 ――インタビュー㊤ では、「平和を願う人たちこそ多数派である」と語っていただきました。

  佐藤さんご自身が戦争に反対し、平和のために行動される原点を教えてください。
 
 私の母は14歳で沖縄戦を体験しました。1945年の、おそらく7月のことです。17人で壕に入り、トイレや炊事の際は交代で外に出るわけですが、もし米兵に見つかったら、自決するか別の場所に行くという約束だった。しかしある日本兵が、見つかったにもかかわらず壕に戻ってきてしまった。自動小銃を持った米兵もいて、もう一人の通訳兵が「出てきなさい」と告げました。
 その時、母は壕の中で手りゅう弾の安全ピンを抜きました。壁にたたきつければ、3秒から5秒で破裂します。しかし一瞬、手が動かなかった。その間、1秒は過ぎていたけども、2秒はなかったと言っていました。その時、隣にいた伍長が、「死ぬのは捕虜になってからでもできる。ここは生き残るんだ」と言って、両手を上げたんです。
 母から何度も聞いたこの話は、私の記憶にこびりついています。彼女の中には、もし、手りゅう弾を壁にたたきつけていたら、自分だけでなく16人の命を巻き添えにしていたという思いが、残り続けた。だから母親も私も、戦争は絶対にだめだという、強い信念を持つようになりました。
 指導者や外交官らが、国同士の関係性で戦争を考えるのが「エリートの思想」であるとすれば、戦争に巻き込まれたらどうなるかと思いをはせるのが、「民衆の思想」です。この視点を、宗教人は持たねばならないと強く思うわけです。

 

良き市民として

 ――世界がいかなる危機に直面したとしても、人々に希望の灯をともし続けるのが、信仰者の使命であると実感します。
 
 昨年、創価学会がそれまでの「SGI憲章」を発展させた「社会憲章」の前文に、「我ら、創価学会は、『世界市民の理念』『積極的寛容の精神』『人間の尊厳の尊重』を高く掲げる。そして、非暴力と“平和の文化”に立脚し、人類が直面する脅威に挑みゆくことを決意し」とあります。また、それに続く「目的及び行動規範」の5番目には、「創価学会は、各地の文化・風習、各組織の主体性を尊重する。各組織はそれぞれの国、または地域の法令を遵守して活動を推進し、良き市民として社会に貢献する」と。
 どの国や地域にもそれぞれの法令があり、良き市民としては、それを遵守しなくてはなりません。そうした異なる環境の中で、自他共の幸福を目指す生き方を希求している。そのときに、深い次元で分かち合う倫理的・道徳的な行動の規範を、学会員一人一人は持っているわけです。
 池田SGI(創価学会インタナショナル)会長がたびたび紹介する偉人に、オーストリアの作家シュテファン・ツヴァイクと、フランスの作家ロマン・ロランがいます。第1次世界大戦で両国は交戦国だったわけですが、この二人は戦時中に、スイスで対面しています。握手こそしませんでしたが、会って言葉を交わしたことは、戦争の終結に向けた知識人の動きとして、非常に重要であったと思います。
 現代の世界においても、その一人と一人の人間のつながりが、大切になっています。どれだけ危機が深まっても、互いの国の違いを超えて、友情や信頼を育んできた一人一人の姿を思い浮かべる。そのことは、池田会長をはじめ、学会の皆さんが実践されてきたことではないでしょうか。

 

真剣勝負の対談

 ――インタビュー㊤で語られた、池田先生とトインビー博士の対談を巡る話でも、対話の力こそが大切であることを語っていただきました。
 
 トインビー博士との対談は池田会長にとって、世界の知性との本格的な語らいのスタートになりました。そこで私が連想するのが、小説『新・人間革命』第1巻の冒頭、山本伸一が初の海外指導へと出発する場面です。
 伸一は、「世界へ征くんだ」との戸田会長の遺言を刻んで旅立ちます。「征」という字には、戦いへ向かうという思いが込められていますね。戦いであり、折伏です。1957年、若き日の池田会長が無実の罪で投獄された「大阪事件」において、大阪へと向かう伸一に、戸田会長が掛けた言葉も「大きな苦難が待ち構えているが、伸一、征って来なさい!」でした。
 ウンベルト・エーコは『永遠のファシズム』で、差異を見つけて差別するのが人間の地であり、それがファシズムの根源であると言っています。そして、その危険性を指摘し続けなければ、また新たなファシズムが生まれる、と。宗教もまた、常に自身の「内なる悪」と戦う宗教でなければ、誤った方向に流されていくのです。
 そういった観点からも、池田会長とトインビー博士の対話は、予定調和の、なあなあの対談ではなく、知の巨人同士の真剣勝負でした。お互いに違う考えがありますね、それには触れないでおきましょう――ではなく、神道に対する理解といった根幹に関わる部分では、池田会長は、はっきりと自身の見解を伝え、その問題の所在を明らかにしたのです。
 それによってトインビー博士も納得し、一段高い理解へと至る。博士は最後には、“未来をつくる宗教こそが必要です”といった結論に行き着くわけです。

 

実践されてこそ

 ――佐藤さんは学会の特徴の一つとして、「倫理と行動が分離していないこと」を挙げられています。

  仏法で人間としての生き方を深め、向上していく「信心即生活」の実践を、私たちは大切にしています。
 
 まさしく創価学会は「生きている宗教」ですね。学会員の方々と話していると、信心が自分の生活で生かされているという実感を、皆が持っていることに気付きます。そして、信心で深めた倫理は、実践してこそ価値があるという感覚を持っている。
 だから、困っている人、悩んでいる人がいたら、放っておけないわけです。この“おせっかい”が、生きた宗教としての証しでしょう。
 それは、生命を抽象的に捉えるのではなく、目の前にある具体的な生命に関わっているということです。それによって、普段、光が当てられない多くの人が救われてきた現実は、一見しただけでは、なかなか認識されないものです。
 しかし現実として、もし創価学会がなかったのならば、日本はもっと殺伐とした社会になっていたに違いないと思います。
 同じことが、政治の分野における公明党にも言えます。コロナ禍での対応だけを見ても、今ではワクチン接種が当たり前になっていますが、十分なコロナワクチンの確保へ、分厚い壁を乗り越え、政府を動かして道筋をつけたのは公明党です。あるいは、コロナ禍が深刻化した当初、「1人当たり一律10万円の特別定額給付」が実現した時も、公明党の考えと行動がなければ、一律の給付は到底、実現しなかった。
 生命を大切にするという、生きた宗教を基盤とした精神が、政治の現実を通じて現れているのだと思います。これが、確かな価値観に立脚した政党としての公明党の強さでしょう。

 

90年の歩みに学ぶ

 ――最後に、今後の学会への期待を教えてください。
 
 以前、学会の四国研修道場(香川県)を訪れました。案内してくれた方が、道場内にある石加工の椅子を指しながら、かつて池田会長がそこに座って懇談してくれたこと、その椅子を今もきれいに保っていること、そして、会長との出会いはその方の人生を変えたことなどを、うれしそうに語ってくれました。
 また当時、道場に置かれていた、1980年に香川から横浜へと学会員を乗せて海を渡った「さんふらわあ7」号のジオラマを見ました。横浜で会員を迎えた池田会長は、ピアノを弾いて激励をされたことも伺いました。
 その香川を訪れた1週間後くらいに、横浜に行く機会がありました。そこで、今度は会長が弾いたピアノを見たんです。そこでもまた、神奈川の学会員が、会長との思い出をうれしそうに語るのです。
 池田会長という偉大な人格との出会いを巡る物語が会員一人一人の中に生きていて、皆がそれを生き生きと語る様子が、とても印象に残っています。
 昨年、創価学会は御書新版を発刊しました。この御書に基づいて、教学への取り組みを進め、池田会長の思想の到達点から戸田会長、牧口会長の思想と行動について掘り下げていく。そうすれば、そこから仏法の思想と現代の社会との向き合い方に、さらに深みが出ていくのではないでしょうか。
 私はプロテスタントのキリスト教徒ですが、創価学会がわずか90年余りの間に成し遂げた世界宗教としての歩みと、その基盤となっている池田会長の思想から、現代の人々が学ぶべきものが多くあると考えています。

当店でご利用いただける電子決済のご案内

下記よりお選びいただけます。