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〈トインビー対談開始50周年記念特集〉 インタビュー ポーランド・ヴロツワフ大学 アダム・フミエレフスキ教授

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〈トインビー対談開始50周年記念特集〉 
インタビュー ポーランド・ヴロツワフ大学
 アダム・フミエレフスキ教授

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〈トインビー対談開始50周年記念特集〉 インタビュー ポーランド・ヴロツワフ大学 アダム・フミエレフスキ教授

2022/05/05

対談が示す人間への視座と洞察は

普遍の価値を放つ知的啓発の源泉

池田大作先生とイギリスの歴史学者アーノルド・J・トインビー博士が、ロンドンにある博士の自宅で対談を開始したのは1972年5月5日。
きょうで50周年を刻む。人類の未来への指針を示した対談の歴史と意義を特集する。

ここでは、対談集のポーランド語版翻訳者である、ポーランド・ヴロツワフ大学のアダム・フミエレフスキ教授にインタビューした。(聞き手=萩本秀樹)

未来を巡る語らい

 ――池田先生とトインビー博士の対談集のポーランド語版は、1999年に発刊されました。翻訳を務めた際の思い出を教えてください。
  
 はじめに、池田SGI(創価学会インタナショナル)会長とトインビー博士の出会いから50周年の佳節を、心からお祝い申し上げます。2人の対談集は私にとって、大変に励みとなるものであると同時に、知的冒険であったと申し上げねばなりません。
 というのも、私はもともとカール・ポパー(注1)の哲学を研究し、オックスフォード大学などで「分析哲学」に重きを置いていました。分析哲学とは、言語の分析を通して世界を理解しようとする手法のことで、ジョン・オースティン(1790~1859年)やギルバート・ライル(1900~76年)などの哲学者、そして多くの彼らの弟子によって、西洋哲学の主流となりました。
 
 この哲学形態の特徴の一つは、道徳問題や世界の未来に対する問いを、哲学とは無関係のものとして棚上げしてしまうことです。彼らは、哲学はそれらに対する答えを持ち合わせていないと考えていたのです。
 一方で、池田会長とトインビー博士の対談は、世界の諸問題に真正面から向き合うヒューマニズム的なアプローチであり、それは分析哲学とは正反対に位置する手法です。人類の未来について胸襟を開いて語り合われた対談は、私を、哲学の一形態の偏狭さから解き放ってくれました。対談によって、全く新しい分野へと踏み出すことができたあの感動を、今もうれしく思い起こします。
  
 ――対談集で特に印象的だった箇所はありますか。
  
 ポーランド語版の発刊から23年が経ちますが、今でも強く心に残っている点が二つあります。
 1点目は、池田会長からトインビー博士に向けられる質問の「単刀直入さ」と「的確さ」でした。対談開始時には44歳だった若き会長が、人類の未来を巡ってシンプルながらも鋭い問いを投げ掛ける様子に、とても心動かされました。会長の質問は普遍的な正当性を備えており、50年を経た今日においても、重要な意味を持つものばかりです。
 
 会長は対談の中で、洋の東西を問わず世界の諸問題を巡る、豊かな知的・道徳的感受性、広範かつ膨大な関心と知識を披露していきます。会長にとってこうした大局観の源になっているのは、信仰であり、平和な世界を築くとの深い決意であると、私は理解しています。
 
 そして、心に残った2点目は、トインビー博士が持つ圧倒的な知識と歴史への洞察でした。もっとも、博士はすでに世界的な学者として名声を得ていましたので、私にとって大きな驚きではありませんでしたが。

 注1 1902~94年。オーストリア生まれのイギリスの哲学者。科学(知識)は合理的な仮説の提起とその反証(批判)を通じて成長するという認識論を提唱。誤りから学ぶことにより真理に近づくという考えは、現代の思想・哲学に大きな影響を与えた。

イギリス・ロンドンにあるトインビー博士の自宅で始まった対談(1972年5月5日)。
初日から生命論、歴史哲学、学問論、芸術論など縦横に論じ合い、語らいは8時間に及んだ

 動画はこちら(https://www.sokagakkai.jp/daisakuikeda/dialogue/toynbee.html)  
  特設ページはこちら(https://www.sokagakkai.jp/w2/toynbee/)

具体的には、対談で語られたテーマの中でも、特に三つが印象に残っています。
 
 一つは、現代都市が抱える諸問題です。池田会長とトインビー博士は、高層ビルが次々と建てられることによる問題点や、農業と工業が並立する社会のあり方について論じ合います。都市化の問題は重要でないと思えるかもしれませんが、コロナ禍で多くの人たちが、その深刻さを認識するようになりました。
 私はポーランドのヴロツワフ市が2016年の「欧州文化首都」(注2)に選定される際の、事業計画の執筆に携わりました。その過程で参照したのが、池田・トインビー対談でした。対談のおかげで私は、1989年に共産主義体制が崩壊して以降の、わが国の都市建設を批判的に見つめることができたのです。
 
 二つ目に、対談では世界の「多極化」の可能性について語り合われます。当時は米ソ冷戦のただ中であり、西側対東側の緊張から抜け出す方途など見いだせないような時代でした。その中で、“二大陣営の衝突を避けるために、世界の多極化はあり得るのか”と議論を交わすのです。その構想の実現性は別として、そうした問いを立てること自体が、会長と博士の卓越した視座の表れでしょう。
 
 そして三つ目に、トインビー博士は、世界の行く末は東アジアの国々によって決まるであろうと述べています。この予見は、現代において実証されたと言えるでしょう。私自身、特に日本には、国際社会でさらに重要な役割を果たすことを期待していますし、昨今のウクライナ情勢についても例外ではありません。
 その点、ウクライナからの避難者を日本が受け入れていることを、大変にうれしく思います。

 注2 毎年、EU(欧州連合)加盟国の中から選んだ都市を「欧州文化首都」として定め、1年を通してさまざまな芸術文化に関する行事を開催する制度。1985年に開始され、相互理解を促進する機会となっている。

ウクライナとの国境にあるポーランドの町。
ウクライナから多くの人が国境を越えて避難する(本年4月、AFP=時事)

仏教が持つ生命観

 ――翻訳作業で難しいと感じられた点はありますか。
  
 語られた内容の普遍性と言語の明確さのおかげで、翻訳それ自体は難解な作業ではありませんでした。この対談集は、国や言語、民族、宗教の差異を超えて、理解されやすい一冊であると思います。
 
 一方で、例えば池田会長とトインビー博士は、複雑な人間生命に対する考察を仏教の知見から進めます。“仏教による生命や意識の探究の度合いは、近代西洋をはるかに上回っています”と博士は語っていますが、私も全くもって同感です。人間の生命を理解する上で、西洋人が仏教から学ぶべき点は多い。それは現代でも変わりません。
 こうした背景もあり、私にとって、いくつかの仏教用語については、翻訳に困難が伴いました。ポーランド語、ひいては西洋の言語には、そうした日本語に対応する言葉が存在しないからです。これは私たち西洋人が、目に見える範囲内で人間の心を捉えようとする、科学に支配されているからかもしれません。
  
 ――トインビー博士は、池田先生を介して仏教への理解を深め、西洋思想との比較を踏まえて評価を述べていきます。対談集の中でも印象的な場面です。
  
 博士が提唱した最重要の理論の一つが、「挑戦と応戦」です。社会は試練に直面することで発展し、そうした応戦が、次なる挑戦に立ち向かうエネルギーを生み出していくと博士は洞察していました。
 この理論は、博士がなぜ偉大な学者になり得たかを示していると、私は思います。というのも、博士は東洋をはじめ、出自である西洋以外の思想にも関心を抱き、深く精通していきましたが、それは博士が異なる学問分野に直面するという知的な「挑戦」に、心を開いて「応戦」してきたからだと思うのです。
 
 博士は、生命や人間関係について理解する上では、西洋哲学よりも仏教のアプローチのほうが優れていることを認識し、受け入れることができた。予測できないような知的冒険に、常に向き合う姿勢があったのではないでしょうか。そうした姿勢を、池田会長との対談の随所にも見ることが
できます。

池田先生とトインビー博士の対談集のポーランド語版

希望のメッセージ

 ――現代のような、不確実な未来と向き合う「危機の時代」にも、こうした「挑戦と応戦」が求められるのではないでしょうか。
  
 その通りだと思います。2年前、全く予期していなかったパンデミック(世界的大流行)が世界を襲いました。流行がまだ収束していない状況の中で、私たちは今、ヨーロッパにおける戦争という、もう一つのグローバルな課題に直面しているのです。まさに予測不可能な時代です。
 
 私はポーランド東部に位置する、ウクライナとの国境近くの町で生まれ育ちました。きょうだいは今も実家に住んでいて、国境を越えて避難してくるウクライナの人々を支援しています。
 今回の戦闘の暴力性と伝えられる惨状に、私は身が震えました。ウクライナ、ポーランド、ヨーロッパ、そして世界全体の行く末に不安を募らせています。一刻も早く、この紛争が終わることを願っています。
 
 しかし、たとえ予測不可能な時代であるとはいえ、頭の片隅で常に“何か悪いことが起こるだろう”と考えながら生きるのは困難ですし、健全ではありません。希望を抱き、楽観主義でいることも必要なのです。
 
 この楽観主義の基盤となるのが、住んでいる地域や国、そして世界をより良くするための、日常的な活動にほかなりません。平和のための、平凡でありながらも着実な献身の中でこそ、明るい未来を描くことができるのです。
 「楽観主義であれ」――池田・トインビー対談は、この希望のメッセージを発する一書であると私は思います。

異なる地平の融合

 ――意見や価値観の差異を乗り越え、共通の価値を見いだすために、心掛けるべき点は何でしょうか。
  
 その“答え”を教えてくれる模範こそ、池田会長とトインビー博士の対談であると強調したいと思います。文化や宗教、民族的また教育的な背景の違いにもかかわらず、2人は多くの共通項を見いだしています。とりわけ私は、博士より40歳ほど若い会長が、対等に論じ合えたことに強い感銘を受けています。

両者の相互関係を、ドイツの学者によって提唱された、二つの概念を通して理解してみたいと思います。
 
 一つは、ハンス・ゲオルク・ガダマー(1900~2002年)が唱えた「地平の融合(Fusion of horizons)」という概念です。ガダマーは、相手を理解しようとする努力を通して、互いに異なる知性の地平は一つに融合することが可能だと考えました。
 この概念は、池田会長とトインビー博士がなぜ理解し合えたかを説明するものです。2人とも、異なる地平を一つに融合しようとする努力を、怠らなかったのです。
 
 もう一つは、ヘルマン・ロッツェ(1817~81年)によって普遍的な哲学用語になった「共感(Empathy)」です。共感というのは、「他者の気持ちを感じ取り、考え方を理解すること」を意味します。私はこれこそが、池田会長とトインビー博士による、対話の姿勢であったと考えています。この姿勢が差異を乗り越えることを可能にしたのだ、と。2人のように、互いに共感を示しながら議論をすることは、必ずしも一般的なものではありません。
 
 もちろん、「共感」によって「地平の融合」を成し遂げているとはいえ、両者の間の差異がなくなったわけではなく、意見が相違する場面も見られます。しかし2人は、相違点にとらわれることなく、諸問題に対する共通の姿勢と見解を見つけ出そうとするのです。これこそが、対話に臨む際の要点と言えます。
 
 聖教新聞の読者の皆さん、そして創価学会員の皆さんには、池田会長というリーダーがいることを誇りに思っていただきたい。会長は、政治家とも、ノーベル賞受賞者とも対等に論じ合い、単刀直入かつ的確な質問を投げ掛け、知的啓発にあふれた回答を引き出します。会長のようなリーダーを持つことはまれであり、私は皆さんをとてもうらやましく思います。
 池田会長は、日本政治において最も重要な役割を果たした一人であるとも評されますが、それは真実であると私は思います。会長の思想を広く伝える対談の翻訳に携われたことは、私の喜びです。

300年以上の歴史を誇るヴロツワフ大学。
ノーベル賞受賞者らを輩出してきたポーランド屈指の学府である(アフロ)

読者に語り掛ける

 ――教授は、対談集を授業の教材として使われているそうですね。対談集との出あいが、学者としての人生に与えた影響を教えてください。
  
 この対談集が私の哲学的アプローチを転換する契機となったことは、すでに申し上げました。ポーランド語版の発刊以降、今に至るまで、20年以上にわたって大学の教科書として使い続けており、知る限りでは私の2人の同僚も、授業で使用しています。さらに対談から得る啓発は、私の執筆活動にも役立っており、2020年に出版した近著の中でも、対談集の一部を引用させていただきました。
 
 対談のテーマは非常に多岐にわたります。例えば国際政治や戦争にまつわる箇所は、今日の政治学者が読んでも有益ですし、宗教や精神的存在に関する議論は、仏教や宗教全般に関心がある人を引きつけるでしょう。このように、対談集には時代を超える普遍性があります。専門化したり暗記したりといった学び方よりも、知的啓発の源泉として読み継がれるべき一書であると考えます。
 
 実際、対談集は多くの学生にとても好評です。それは池田会長とトインビー博士が、読者に直接語り掛けているからでしょう。この対談は、たとえ多くの知識を持ち合わせていなくとも読み進めることができるものです。読者はさまざまな課題に触れ、今度は自ら探究しようと思える。そうした学びの心を起こさせるのが、この書の最重要の側面であると言えましょう。
 私にとって、そしてわが大学の学生たちにとって、池田・トインビー対談が啓発の源であり続けていることに、深い感謝を申し上げます。
 
 重ねて、池田会長とトインビー博士の出会いから50年という良き日にお祝いを申し上げるとともに、聖教新聞の読者の皆さんが、人類の偉大な財産とも言うべきこの対談集の価値を、さらに広めていくことを願ってやみません。

 

<プロフィル>

 Adam Chmielewski ポーランド・ヴロツワフ大学教授。1959年生まれ。博士(哲学)。同大学やイギリス・オックスフォード大学、アメリカ・ニューヨーク市立大学などで哲学、社会科学などを研究。著書や論文、コラムを精力的に執筆する傍ら翻訳業に従事。これまで、アメリカの小説家パール・バック、イギリスの哲学者バートランド・ラッセルらによる、20以上の書籍を英語からポーランド語に翻訳してきた。池田先生とトインビー博士の対談集のポーランド語版翻訳も務め、99年に出版。以来、自らの授業の教材として採用し続ける。

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