幸せについて、もっと語り合いたい!
2022/03/14
民族楽器との運命の出合い
山瀬さんの活動は幅広い。
宮崎駿監督の短編アニメ『水グモもんもん』では音楽監督(作曲&演奏)、スタジオジブリ『ゲド戦記』では演奏参加。
コンサート、楽器指導、講演の他、YouTubeチャンネルも開設した。
エッセーは「『二兎を追う者は一兎をも得ず』って、本当かな?」の章から始まる。
日本ではネガティブに捉えられがちだが、やりたいことに挑戦するのは、ノルウェーでは当たり前だという。
山瀬さんが育った環境と似ている。
「私は探究心旺盛なユニークな子どもでした。
ドライバーで時計やカメラを分解するなど、“これ、何だろう?”という好奇心を、両親は止めることなく見守ってくれました。
抑圧しなかった両親にはとても感謝しています。
外でどう見られても『それがあなただからね』と。
理解し信じてくれる人がいたから、楽器を続けることができました。
ノルウェーが身近になったのは、9歳年上でピアニストの姉がノルウェー人と結婚したのがきっかけです。
当時は、サーモン、フィヨルド、ヴァイキング……のイメージしかなく(笑い)」
好きな作曲家、エドヴァルド・グリーグもノルウェー人。
毎年、現地で姉妹コンサートを開催。
グリーグの伝記を読み、勉強し直す中で、ヴァイオリンのようで調律が違う、心引かれる楽器と出合う。
「ハルダンゲル地方のヴァイオリンで、古い民族楽器。真珠母貝や象嵌細工の装飾が施され、トップにはヴァイキング時代の船を守る神の象徴“ドラゴン”が。通常4本弦の下に、4~5本の共鳴弦があるのが特徴です。神聖な楽器として、結婚式などで使われます。
本物に出合うまで、4年くらいかかりました。楽譜がなく伝承で受け継がれていて、日本の琵琶のようなイメージ。
流派があり誰に習ったかが大事で、現地の方に習い、どんどん沼にハマっていきました(笑い)」
書きたかった北欧幸福論
アジアにおけるハルダンゲルヴァイオリニストの第一人者となった山瀬さん。
世界の「幸福度ランキング」で常に上位のノルウェー文化に触れる中で、女性に生まれて良かったと思えたという。
「大学卒業後、日本で仕事をするとアーティストで無名で女性、しかも若いって大変と感じて。理不尽なことがたくさんあって、男に生まれたかったと思っていました。ノルウェーは国籍も年齢も性別も関係ない平等な社会。国に貢献できる技術や、やる気があれば、チャンスも居場所もくれる。すごく自由になれました。もちろん20代の悔しい思いもムダではなく、パワーになっています。幸福度ランキングが高い理由が行って分かったので、北欧幸福論を書きたいと思い、ノルウェーで活躍する著名人への取材を企画しました」
エッセーには「幸せな人生とは」「自国をどう思うか」などについて、さまざまな職業の著名人17人へのインタビューが収録されている。
「今回は音楽ではなく、明文化する作業。大変でしたが楽しかったです。ノルウェーの国民性って、内気で恥ずかしがり屋、ちょっと日本人に似てるんですよ。『うちの文化、すごいんだぜ!』とアピールしないから、あまり知られていない。クラシックにも影響を与えている素晴らしい音楽や文化を、もっと皆さんと共有したい、伝えたいと思いました。
タイトルは、北欧の自然環境から『天気が悪いのを理由にしたら、ノルウェーでは何もできない』という意味のことわざです。ネガティブな出来事を問題視してできない理由を探すより、自分ができるベストな行動をしよう、と。これは今の時代、とても大切な考え方だと思います」
日本も変化してきている!
ノルウェーは、2020年の「民主主義指数」「国民生活の豊かさを示す人間開発指数」で1位を獲得。その他の指数でも上位にランクインしている。
「実はノルウェー社会も、100年ほど前は男尊女卑でした。戦後、日本と同じように貧しかった国が、なぜ福祉国家、男女平等社会になったのか。日本のバブル期とかぶる時期にノルウェーは北海油田が開発され、女性の社会進出が進みました。経済が成長した時、国がどんな未来を目指し、何に予算を使ったか。今、その差は歴然です」
現在、ノルウェーでは男女の賃金格差はほぼ無くなりつつある。
皆で働くため、男性の労働時間も減少。時間ではなく何をしたか、生産性が問われる。
41歳で首相に就任したイェンス・ストルテンベルグ氏は、2011年に「ノルウェーが幸福なのはノルウェー女性がいるからだ」と、女性の労働力を評価している。
「この発言は、幸福度の高さへの手がかりの一つだと思います。今、ノルウェーの1人あたりの国民総所得は世界で2位になりましたが、石油に頼らないSDGsの実現に向けて動き始めています。
人生においても、持続可能は大事。今の日本は、女性たちが頑張り過ぎているように感じます。無理しなくてもいい社会を目指して、皆で力を合わせていきたいですよね。
ノルウェーでは“自分にとっての幸せ”が明確で、多様性を認めています。日本人から見ると、こんな過酷な自然環境に住んで大変!という中でハッピーに生活している。自分だけ得をして生き残っても、1人では死んでしまう厳しい風土だから助け合いの精神が強い。
幸せに対して国も力を注ぎ、学費も医療費も基本かからない。社会に出てから学ぶ場合も学費無料、老後も保障され安心感があります。それはヴァイキング時代の、チームで海を渡り、得てきたお金を公平に分けるという考え方が影響しているのかもしれません。日本も人口が減る中で、チームという意識が大切だと思います。
少しずつですが、日本も変化しています。もっと皆で、幸せについて語りたい。1度きりの人生、それぞれに違う“私の幸せ”に向かって、自分らしく生きたいですね!」
やませ・りお ヴァイオリニスト。吉本興業文化人所属。
桐朋学園大学音楽学部演奏学科ヴァイオリン科卒業。
1992年から国内外のオーケストラと共演。
ノルウェーの「ムンク美術館内ホール」をはじめ、日本と北欧を中心にコンサートツアー開始。
2004年、ビクターエンタテインメントよりメジャーデビュー。
国内外で北欧音楽や文化をテーマに講演や演奏指導など幅広い活動を展開中。