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〈危機の時代を生きる〉 インタビュー㊦ 東京大学名誉教授 村上陽一郎さん

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〈危機の時代を生きる〉 インタビュー㊦ 
東京大学名誉教授 村上陽一郎さん

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〈危機の時代を生きる〉 インタビュー㊦ 東京大学名誉教授 村上陽一郎さん

2022/02/09

技術開発の根底に哲学を





信仰持つ人々の行動が鍵

コロナ禍を機に、私たちは科学とどう向き合っていけばよいのか――。
引き続き、東京大学・国際基督教大学名誉教授の村上陽一郎氏へのインタビューを掲載する。
㊦では、科学と宗教の関係性について語ってもらった。

現代科学は宗教と決別して発展

 ――私たちの生活に、密接に関わる「科学」。その成立と発展について、宗教はどのように寄与してきたのでしょうか。
 
 一見すると、科学と宗教は相いれない関係性のように思うかもしれません。しかし、歴史学者のリン・ホワイトが著書『機械と神』(みすず書房)の中で、「(キリスト)教会は西欧思想の〈母胎〉ではないにしろ、少くとも〈子宮〉である」と述べたように、西欧に誕生した科学技術文明にはキリスト教の影響があります。彼は、むしろ、自然破壊の歴史的な源泉をそこに求めたのですが。
 キリスト教の世界観によると、自然界の全ては神によって造られており、中でも人間は「神に似た唯一の被造物」として特別に位置付けられています。この考えに立つ時、全ての自然現象には、漏れなく神の意志や神の真理が内在していることになり、“神の似姿”である人間は、少なくとも、その一部を読み取れるという発想が芽生えていくわけです。そして人間は、その真理を理解しようと自然現象を観察し、そこから規則性を探求していくのです。こうした営みの蓄積が近代科学の基礎となりました。
 一方、現代科学は、宗教と決別することで発展しました。科学技術の力が増大し、その力によって現実の課題が一つ一つ解決されるようになると、人類はさまざまな苦悩から解放されていきます。それは、まさに宗教が提示してきた“救い”であり、それは科学技術による“救い”に置き換わっていきます。そして神を追いやり、自然界の主となった人間は、人間の都合の良いように自然を制御し、支配するという発想になっていくのです。
 もちろん科学技術が進歩したことで、私たちの暮らしが良くなったことは否定できない事実でしょう。しかし、宗教と決別したことで、人間の幸福や、より良き人生などを追求してきた科学は、人間の欲望や好奇心を満たすための手段へと変遷していくのです。

“何のため”を問い直す時期に

 ――科学技術の発展で、人類は便利で豊かな生活を手に入れた一方、その科学技術がもたらした核兵器などによって、脅威にさらされています。
 
 最近では、人工知能(AI)を備えた「自律型致死兵器システム(LAWS)」と呼ばれる殺人ロボットなども、問題になっていますね。LAWSの開発が進んだ要因として、自軍兵士の人命の保護が挙げられますが、これは軍事の責任者から見れば、自分の兵士は殺されたくないが、相手の兵士は殺したいという発想です。そのために殺人ロボットを開発するというのは、人命の尊重という点で、大きな矛盾をはらんでいることは明らかです。
 思えば、数ある哺乳類の中で、人類ほど同族を殺すために知恵と力の限りを尽くしてきた存在はいません。一体、どこで何を間違ってしまったのでしょうか。いずれにしても、地球的課題を克服し、持続可能な社会を築いていくためにも“何のための科学か”を問い直す時期に来ていると思います。
 
 
――最近では、親の希望に沿って、生まれる前の子の遺伝情報を編集する「デザイナーベビー」など、生命倫理に関わる問題も浮上しています。科学技術が発展するほど、その発展の基盤となるべき哲学の必要性は、より高まっているのではないでしょうか。
 
 私もそう思います。
 1995年、わが国の科学技術政策の方針を定めた「科学技術基本法」が制定された際、その「科学技術」の定義には「人文科学のみに係るものを除く」と明記されていました。人文科学というのは、まさに人間が生み出した科学技術をどのように使っていくか、その中で人間社会をどのような方向に持っていくべきかなどについて探究する学問ですが、科学技術の発展を目指す上で、そうした学問は蚊帳の外だったわけです。
 現在の「科学技術・イノベーション基本法」では、そうした除外規定は削除され、日本においても、科学技術におけるELSI(倫理的・法的・社会的課題群)などが注目されつつあることは、一つの希望だと感じています。
 そうした流れは、まだ始まったばかりという段階ですが、人文科学も含めた多角的な視点から科学技術の影響を予測・検討する営みは、科学と社会との“橋渡し”という観点からも重要です。
 課題は山積していますが、“何のための科学なのか”を裏付ける哲学の重要性を主張し続け、技術開発の根底に根付かせていきたいと思っています。

「人間の拡大」が変革につながる

 ――科学技術を生み出すのは人間であり、使うのも人間です。だからこそ、科学技術の発展とともに、人間自身が成長していくという視点も欠かせませんね。
 
 その意味で、私は「人間の拡大」が重要であると考えています。
 先ほど、近代科学は人間が自然現象を観察し、そこから規則性を探求していく中で発展したことを述べましたが、その時、主体は人間であり、客体は自然という確固たる関係がありました。一方、現代科学は人間自身の心や身体も観察の対象、つまり客体となったのです。その結果、心理学や医学などは飛躍的に進歩しましたが、客体の世界が拡大したことに伴い、主体であったはずの人間という概念が縮小されてしまったのです。加えて現代科学は、人間に欲望のままに生きることを促してきました。
 しかし、人間には、欲望を抑制する意志もありますし、より良い社会を築きたいという理想を持つこともできますし、たとえ民族や文化は違っても結び合っていく力があります。そうした人間の可能性に目を向け、人間の精神を高めていく。いわば「人間の拡大」が、科学技術のあり方を変え、社会全体の変革につながっていくと思うのです。
 
 
――「人間の拡大」は、創価学会が目指す「人間革命」の運動とも共鳴すると感じます。人間革命とは、信仰を根本に一人一人が自分自身の変革に挑戦し、地域を変え、社会を変えていく運動です。
 
 私自身もカトリック信仰を持っていますが、科学教育に携わってきた一人として、科学と並行して、人間の理性の限界を超えるものへの懼れがなければ、社会は破綻してしまうのではないかと憂慮しています。
 ただ難しいのは、特に日本社会においては、宗教に対する興味・関心は全体的に低いと言わざるを得ない状況にあることです。もちろん、個々人の心底には宗教心なるものは存在すると思います。しかし、葬式や七五三といった宗教的儀礼を大切にするという程度で、宗教的な思想やエネルギーを社会に現出させるような力は、ほとんどないのが現状ではないでしょうか。

宗教心が社会に根付くためには

 ――そうした社会に宗教心を根付かせるためには、何が必要とお考えですか。
 
 宗教と縁遠い人がほとんどの中で、いきなり教義を理解してもらうのは難しいでしょう。
 キリスト教思想家の内村鑑三(※)は、『余はいかにしてキリスト信徒となりしか』(岩波書店)の中で、自らの「回心体験」についてつづっています。「回心」とは、心が百八十度ひっくり返るような大転換を意味します。19世紀末、アメリカのアマースト大学に留学した内村は、シーリー学長との出会いを契機に回心に至ります。
 同書には、その時の心境がつづられています。
 「私に最も大きな影響を与え私を変えたのは偉大な学長自身でありました」
 「貴重な教えを、偉大な学長はその言行を介して私に教えたのでありました」
 ここで重要なのは、内村が、学長からキリスト教の奥義を聞かされたわけではなく、「言行を介して」とあるように、学長の生きざまや人間性に触れ、回心に至ったという点です。
 カトリックには「信徒使徒職」という考えがあります。聖職者だけではなく、世俗に生きる人々も、キリストの教えを伝え広める使命を有しているということです。いわば信仰を持つ一人一人が、その宗教の代表であるという自覚で生き、周囲の人々に影響を与えていくことです。
 これは、なかなか難しいことですが、信仰を持つ一人一人が、そうした生き方を貫いていく中で、宗教心も地域や社会に根付き、ひいては科学技術を支える哲学になっていくのではないでしょうか。
 
 
――信仰を持つ一人一人の振る舞いが、大切ということですね。
 
 信仰者として生きることは、もちろん簡単なことではありません。私自身が、それをできているかといえば、自信はありませんが、そういう信念で生きてきました。
 そうした信念で行動する人が一人でも増えれば、それが周囲に触発を与え、社会全体をより良い方向に導いていけると信じています。

 (※)1861―1930。近代日本を代表する宗教家・思想家。日本が誇る歴史的な人物を海外に紹介するために著した『代表的日本人』では、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹と共に日蓮大聖人を取り上げている。

 

 

むらかみ・よういちろう 1936年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京大学先端科学技術研究センター、国際基督教大学、東京理科大学大学院教授、東洋英和女学院大学学長などを歴任。専門は科学史、科学哲学。著書に『ペスト大流行』『文明のなかの科学』『科学史・科学哲学入門』『ウイルスとは何か』(共著)など。

 

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