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第47回「SGIの日」記念提言「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」㊦ 日本と中国が行動の連帯を広げ 気候危機を打開する牽引力に   2022年1月27日

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第47回「SGIの日」

記念提言「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」㊦

 日本と中国が行動の連帯を広げ
気候危機を打開する牽引力に 

第47回「SGIの日」記念提言「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」㊦ 日本と中国が行動の連帯を広げ 気候危機を打開する牽引力に 2022年1月27日

2022/02/02

国連と市民社会の連携で地球環境と生態系を保全

北京師範大学からの名誉教授称号の授与式

世界の大学・学術機関から200番目となった名誉学術称号に対する謝辞で、池田SGI会長は、日本と中国にとっての未来の最重要課題として環境問題を取り上げ、さらなる協力の拡大を呼びかけた
(2006年10月、東京・八王子市の創価大学で)

続いて、現在の世代だけでなく、これから生まれる世代のために、何としても早期に解決を図らねばならない三つの課題について、具体的な提案を行いたい。
 第一の課題は、気候変動問題の解決です。
 長年にわたって警鐘が鳴らされてきたにもかかわらず、地球温暖化の勢いに歯止めがかからない状況が続いています。
 異常気象の被害も拡大の一途をたどっており、そうした中で、干ばつや森林火災が各地で頻発するとともに、海洋でも水温上昇や酸性化が進み、陸地と海洋の双方で温室効果ガスの吸収能力の低下が懸念されるという、悪循環も生じているのです。
 こうした一刻の猶予もない状況下で、昨年10月から11月にかけてイギリスのグラスゴーで行われたのが、国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議(COP26)でした。
 各国の意見の違いで協議は難航し、会期が1日延長される中で、「世界の平均気温の上昇を1・5度に抑える努力を追求することを決意する」と明記した成果文書が合意されました。

 2015年に採択されたパリ協定では、「2度未満」に抑えることが主力の目標だっただけに、今回、「1・5度」が新たな共通目標となった点は、大きな前進と言えます。
 しかし、各国が表明した温室効果ガスの削減目標のみでは達成は困難とみられており、さらなる対策の強化が欠かせません。
 この点に関し、COP26のアロック・シャルマ議長は、閉幕にあたっての声明で次のような注意喚起をしていました。
 「1・5度という目標は堅持できました」
 「しかしその鼓動は、依然として弱いと言わざるを得ません。だからこそ、歴史的な合意に達したとはいえ、その評価は各国が署名を行った事実だけではなく、署名国が約束を順守して実行できるかどうかにかかっているのです」と。
 その意味で、予断を許さない状況は今後も続きますが、局面の打開につながるシナリオがまったく存在しないわけではない。
 世界資源研究所などがまとめた報告書によると、温室効果ガスの排出量の75%を占めるG20諸国が、「1・5度」の目標に沿って削減を加速させ、2050年までに“排出量の実質ゼロ”を達成すれば、平均気温の上昇幅を目標の一歩手前である、1・7度以内にまで近づけることは可能だというのです。

 

国交正常化50周年を機に協力を深化

そこで私は、COP26でアメリカと中国が気候変動問題での協力を約束したのに続く形で、日本と中国が同様の合意を図り、問題解決に向けた希望のシナリオを共に生み出していくよう、強く呼びかけたい。
 アメリカと中国の共同宣言では、温室効果が高いメタンの削減をはじめ、再生可能エネルギーの分野や、違法な森林破壊の阻止などの面で、2030年に向けた協力を進めることが盛り込まれています。
 近年、米中両国の間で緊張が高まっていますが、世界の温室効果ガスの4割以上を排出する両国が、人類共通の課題のために歩み寄った意義は誠に大きいと言えましょう。
 日本と中国の間でも、気候変動問題での協力を強化する合意を、早期にとりまとめるべきではないでしょうか。
 本年は、日中国交正常化から50周年にあたります。
 次なる50年の出発を期す意義を込めて、「気候危機の打開に向けた日中共同誓約」を策定し、持続可能な地球社会のための行動の連帯を広げていくことを提唱したいのです。
 日本と中国には、環境問題で長年にわたり協力を重ねてきた実績があります。
 出発点となったのは、両国を行き来する渡り鳥とその生息環境を守る協定(1981年)で、1994年には日中環境保護協力協定が結ばれ、1996年に日中友好環境保全センターが北京に設立されました。
 その後も、さまざまな分野で協力が進み、大気汚染の防止をはじめ、植林や森林保全、エネルギーや廃棄物対策など、数多くの成果が積み上げられてきたのです。

 思い返せば、日中友好環境保全センターの設立10年を迎えた年に、私は北京師範大学からの名誉教授称号の授与式(2006年10月)で、両国の環境協力の歴史に触れながら、こう呼びかけたことがありました。
 「この流れを、さらに加速させていかねばならない。そのために、100年先の長期展望に立った、包括的かつ実効的な『日中環境パートナーシップ(協力関係)』の構築を、私は、ここに強く提言しておきたいのであります」
 「そして日中両国が、大切な隣国である韓国とも力を合わせて、『環境調査』や『技術協力』、『人的交流』や『人材育成』等を、より強固に推進していくならば、その波動はアジア全体はもとより、全地球的なスケールで広がっていくことは絶対に間違いないと、私は確信するものであります」と。
 これまでも日中友好環境保全センターを拠点に、アメリカ、ロシア、EU(欧州連合)諸国とのプロジェクトを進めてきたほか、100カ国以上の途上国を対象に環境行政を担う人々の研修を実施するなど、日中の環境協力は大きな相乗効果を生んできました。
 気候危機の打開に向けて、日本と中国がこれまでの実績を基盤に、韓国をはじめアジア諸国との協力をさらに深めながら、世界に“希望と変革の波動”を広げる挑戦を力強く進めることを願ってやみません。

2021年9月 イタリアのミラノで行われた「ユース・フォー・クライメート」の会議

環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんらが登壇した初日の全体会合では、国連気候変動枠組条約」の第26回締結国会議のアロック・シャルマ議長が、ビデオ映像を通して演説を行った(AFP=時事)

 

プラスの連鎖を力強く生み出す

 この「国家間の協力」に関する提案と併せて呼びかけたいのは、「国連と市民社会との連携」を強化するための制度づくりです。
 具体的には、気候や生態系をはじめとする「グローバル・コモンズ(世界規模で人類が共有するもの)」を総合的に守るための討議の場を国連に設けて、青年たちを中心に市民社会が運営に関わる体制を整えることを呼びかけたい。
 気候変動枠組条約と生物多様性条約への署名を開始した場となり、砂漠化対処条約を生み出す契機となった国連環境開発会議(地球サミット)が、ブラジルのリオデジャネイロで開催されてから本年で30年を迎えます。
 三つの条約については2001年に共同連絡グループが設けられ、情報の共有や活動の調整がされてきましたが、市民社会による支援を得ながら、対策の連動をさらに力強く進めるべきではないでしょうか。
 私は、そこに気候変動問題を解決するための活路があると考えます。いずれの問題も深く結びついているからこそ、解決策も相互に連動させることで、困難の壁を打ち破る新しい力が生まれていくからです。
 「グローバル・コモンズ」には、各国の主権が及ばない公海をはじめ、北極や南極とともに、地球を覆う大気や生態系のような、人類の生存と繁栄に不可欠なものが含まれており、最大の焦点は、現在から将来の世代にわたっての保全を図ることにあります。
 昨年から、生態系の回復に関する国連の10年=注4=がスタートしましたが、三つの条約以外の分野も含めて対策を連動させながら、問題解決の前進を相互に後押しする“プラスの連鎖”を起こすべきだと訴えたいのです。
 3月には、国連環境計画(UNEP)の創設50周年を記念した、国連環境総会の特別会合がケニアのナイロビで行われます。
 この特別会合で、「グローバル・コモンズ」の観点に基づいて環境問題への総合的な取り組みを強化する方針を盛り込んだ宣言を、採択することを呼びかけたい。その上で、「グローバル・コモンズ」に関する問題を集中的に討議するための場を国連に設けるべきだと考えるのです。

 私は昨年の提言で、青年の視点による提案を国連の首脳に届ける「国連ユース理事会」を創設する重要性を訴えました。例えば、こうした青年主体の組織に、その討議を担う役割を託してはどうでしょうか。
 2019年に国連で行われたユース気候サミットに続いて、昨年9月、国連ユース理事会のイメージを彷彿とさせるような、若者たちによる国際会議「ユース・フォー・クライメート」が、イタリアのミラノで開催されました。COP26に先立つ形で行われたもので、若い世代の声とアイデアを政府間交渉につなげる場となったのです。
 パリ協定のほぼすべての署名国を含めた186カ国から、約400人の若者が集った国際会議には、創価学会青年部の代表も参加しました。その会議の宣言で打ち出されたのが、次の要望事項だったのです。
 「気候変動枠組条約において、若者の参加を促進する機関を設置し、若者が締約国の代表たちと、また若者たち同士で、公式かつ定期的に対話ができる常設的な場を提供すること」
 「若者の発言に関して、全体会合における最後というよりも、最初や途中でも発言できるようにすることをはじめ、会期中で若者の発言の機会を増やすこと」
 このように、自分たちの生活や将来に深刻な影響をもたらす気候変動問題に対し、協議や意思決定のプロセスに一貫して関わることができる制度づくりを、世界の青年たちは切実に求めているのです。

 

危機の現場に集い共に解決策を探る

 その意味で、国連ユース理事会の構成にあたって何よりも大切なのは、ミラノで行われた国際会議と同様に、世界のすべての国に参加の道を開くことだと思います。
 国連ユース理事会の運営においては、通常の討議はオンラインで実施し、重要な決定を行う全体会合は半年に一度、会場をさまざまな場所に移しながら、対面で行う形態も考えられましょう。
 その上で、毎回の全体会合における成果を、国連での意思決定につなげるべきだと考えるのです。
 国連の歴史をひもとけば、当初、複数の都市から誘致の声が上がり、国連本部の設置場所が決まらない中で、「航海を行う船の上に国連を設置し、恒久的な世界周航状態に置く」という案が出されたこともあったといいます。
 実際、ニューヨークの国連本部が完成するまで、最初の国連総会はロンドンで行われ、第3回の総会はパリで行われるなど、他の都市で国連総会が開催された経緯があったのです。
 国連の議場を船舶に設けて世界の海を航行する案は、当時でも奇抜だったでしょうが、どの国の主権も及ばない公海は「グローバル・コモンズ」の象徴でもあり、そのアイデアには“人類の議会”としての国連に込められた思いを偲ばせるものがあります。
 こうした国連の創設前後の歴史を踏まえて、ユース理事会の全体会合もニューヨークの国連本部に限定せず、さまざまな国で行うことも一案ではないでしょうか

「緊急時の教育」の対応が各国共通の重要課題に

気候変動問題への対応における青年の役割をテーマに、昨年11月、イギリスSGIと青年団体が共催した討論会。
国連気候変動枠組条約の第26回締約国会議の開催に合わせて、グラスゴー市内で行われた

開催地の選定にあたっては、各国の青年たちに加えて、気候変動の影響に伴う損失と損害や、生態系の悪化が深刻な地域から、多くの市民社会の代表が参加しやすい場所を、優先的に選ぶ方法もありましょう。
 この点、私が創立した戸田記念国際平和研究所では、さまざまな会議を行うにあたり、その会場として、テーマとなる課題が深刻な地域を選んできたことが多くありました。
 「現実に苦しんでいる民衆の声を聞き、民衆の側に立つ」との理念に基づくもので、現在も、海面上昇の影響が深刻である、太平洋の島嶼地域に焦点を当てた気候変動問題の研究プログラムを進めています。
 国連ユース理事会の全体会合を行う際にも、危機の現場に近い場所から打開策を探ることが大切になると思えてなりません。
 そうした国連への青年参画の制度づくりを、「国連と市民社会との連携」を強化するための突破口にすべきだと考えるのです。
 この提案に関連し、国連子どもの権利委員会が先月から開始した取り組みについても言及しておきたい。
 同委員会では、子どもの権利と環境、特に子どもと気候変動を巡る課題に焦点を当てた重要文書となる「一般的意見26号」を起草するにあたって、NGOやすべての世代からの意見の募集を開始したのに続き、来月からは特に世界の子どもたちを対象に意見を募集することになりました。
 今後は、この「一般的意見26号」の起草に子どもたちが参加する諮問チームの発足も予定されており、子どもたちの声が世界の取り組みに反映されることを期待するものです。

 私どもSGIも、青年たちを中心に環境問題に関する活動を続けてきました。
 昨年、COP26がグラスゴーで行われた際には、地球憲章インタナショナルと新たに共同制作した「希望と行動の種子」展を開催したほか、COP26に設けられた参加団体による意見表明の場で、次のような声明を発表しました。
 「青年たちの声に耳を傾けることは、オプションではない。世界の未来を心から憂慮するのであれば、必然的に進むべき唯一の道である」と。
 人間には、いかなる試練も乗り越える力が具わっています。なかんずく、“未来は自分たちの手で切り開く”との信念で立ち上がった青年たちの連帯こそ、その何よりの原動力となるものではないでしょうか。

 

長期の学校閉鎖が引き起こした影響

 第二の課題は、子どもたちの教育機会の確保とその拡充の取り組みです。
 パンデミックの発生で、国際社会の注意が公衆衛生と経済の危機に集中する中で、もう一つの深刻な危機が各国で広がりました。
 学校の閉鎖や授業の中断によって、教育の機会が著しく失われた危機です。
 その影響を受けた子どもたちは、約16億人に及んだと推計されています。
 学校の閉鎖に伴う影響は、学びの時間が大幅に奪われたことだけにとどまりません。
 友だちとの日常的な交流が急に途絶えてしまい、成長の手応えや未来の希望を感じる機会も失った結果、孤独感を深めたり、意欲をなくしたりするなど、多くの子どもたちが精神的なダメージを受けました。
 また、貧困地域や経済的な困難を抱える家庭の子どもにとって“毎日の栄養面を支える生命線”となっていた給食の提供が、突然の休校で中止される状態が続いたため、低体重や貧血といった症状が広がることが懸念されています。
 このような長期の休校や対面授業の中断が、世界的規模で一斉に起きたことは、学校教育の歴史で前例がないといわれます。
 学校閉鎖の影響を最小限に抑えるために、多くの国がオンライン形式による遠隔学習を導入したものの、デジタル環境の普及を巡る格差が壁となり、その機会を得られない子どもたちが多数にのぼりました。

 紛争や災害などの「緊急時の教育」の支援に取り組んできた、ECW(教育を後回しにはできない)基金=注5=では、コロナ危機に即応して、2920万人の子どもたちのために遠隔学習の実現などを後押ししましたが、こうした国際支援の強化が欠かせません。
 また、インターネット以外の手段で遠隔学習を進めた国々の事例もあり、その経験を他の国でも共有しながら、大勢の子どもが教育の機会を早急に取り戻せるようにすることが必要と言えましょう。
 例えば、シエラレオネでは、パンデミックの発生直後にラジオを活用した遠隔学習が始まり、260万人の生徒が学校の閉鎖中も授業を受け続けられました。
 以前にエボラ出血熱が発生した時の対応を生かしたもので、遠隔学習の効果も実証済みだったため、新型コロナの場合にも即座に対応できたというのです。
 南スーダンでも、太陽光で充電できるラジオを困窮家庭の子どもたちに配布したほか、スーダンでは学校の宿題を新聞に掲載するなどの方法がとられましたが、子どもの教育を第一に考え、各国が柔軟に対策を進める意義は大きいのではないでしょうか。
 何よりも大切なのは、いついかなる時でも、子どもたちがどのような環境に置かれていたとしても、そこに「教育の光」を届け続けることにあると信じるからです。

「トゥマナコ=平和な世界への子ども絵画展」の開幕式

2020年3月、ニュージーランドSGIが主催し、首都ウェリントンの国会議事堂で行われた
「トゥマナコ」とは〝希望〟を意味する先住民マリオの言葉で、開幕式には多くの小学生や中学生らが参加した

創価教育の源流に脈打つ情熱と信念

 国連のグテーレス事務総長は、国連で働き始める前に、貧困地域で子どもたちに数学を教える活動をしたことがあり、その経験を踏まえながら、次のように強調していました。
 「リスボンのスラム街で、教育は貧困をなくす原動力であり、平和への力となることを目の当たりにした」と。
 歴史を振り返れば、私が創立した創価教育の学校と大学にとって永遠に忘れてはならない源流も、今から100年ほど前に、牧口初代会長と戸田第2代会長が心血を注いだ教育実践にありました。
 当時の東京で、貧困家庭の子どもたちのために開設された特殊小学校に、校長として赴任した牧口会長は、校内の宿舎に住み込みながら、栄養不足の児童に給食を用意するために奔走したり、病気になった児童の家に自ら足を運んで面倒をみたりしていました。
 壊れた窓ガラスに厚紙をあてて、外気の侵入を防いでいるような状況の学校で、校長として奮闘を続ける様子について、学校を訪問した教育関係者はこう綴っています。
 「ただ熱情をもって、彼ら貧民子弟の教育に尽くそうということだけに、全精神が打ち込まれているらしく見えた」(「創価教育の源流」編纂委員会編『評伝 牧口常三郎』第三文明社を参照。現代表記に改めた)
 戸田第2代会長も同じ小学校で働き、牧口会長を支えながら、当時の東京で最も厳しい環境下で生きる子どもたちに「教育の光」を届けるべく、若き情熱を燃やしたのです。

 創価教育の学校で小学校から大学にいたるまで、経済的に就学が困難な生徒や学生などを支援するために、奨学金の拡充に努めてきた理由の一つも、そうした二人の先師の精神を継承したものにほかなりません。
 さらに創価大学では、日本の学生や留学生への経済的な支援のほかに、2016年に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の「難民高等教育プログラム」に加わり、難民の学生を受け入れてきました。
 大学院への受け入れについても、2017年から国際協力機構(JICA)の「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム」に参画してきたほか、昨年にはUNHCR駐日事務所や国連UNHCR協会と、大学院への推薦入学に関する協定を締結しており、学部と大学院の両課程で受け入れの協定を結んだ日本初の大学になっています。
 世界各地で難民になった子どもや若者たちにとって、大学などの高等教育に進学できるのは5%にすぎないといわれます。
 しかし難民の若者にも、他の若者と同様に、学びを深めたい分野があり、かなえたい夢があることを忘れてはならないのです。
 私ども創価学会も、UNHCRの活動への支援を続ける一方、昨年1月からは“パンデミックの最中にあっても届けたい光がある”との思いで、難民とその受け入れ国の子どもたちのための活動を始めました。
 ヨルダンにおいて、音楽を通して希望を贈り、困難を乗り越える力を育むための教育の一環として、NGOの「国境なき音楽家」と共同して進めているプロジェクトです。
 現地で音楽教育の活動を担うことができる人々を育成しながら、子どもたちのための夏季音楽講座を各地で開催してきました。
 プロジェクトに携わる音楽家のタレク・ジュンディ氏は、「私たちの活動は種をまく作業のようなものです。すぐには目に見える結果が表れなくても、確実に変化は生まれています」と述べています。
 子どもたちの胸中にある“心田”に可能性の花々が咲き誇ることを信じ、祈るような思いを込めて種をまく行為に、教育の眼目はあるのではないでしょうか。

障がいのある子どもの学ぶ権利

 この「緊急時の教育」の拡充と並んで、世界共通の重点課題に挙げたいのは、障がいのある子どもや若者の学ぶ権利を保障するための「インクルーシブ教育」の促進です。
 国連児童基金(ユニセフ)が昨年11月に発表した報告書によると、障がいのある子どもの数は、世界で約2億4000万人と推計され、若い世代の10人に1人は何らかの障がいがあるといわれます。
 しかし、あらゆる人々を差別なく包摂するというインクルーシブの理念に基づいて、他の子どもと同じ権利の保障を求めても、社会的な壁や差別によって阻まれることが多く、教育を受ける環境についても改善があまり進んでいません。
 パンデミックの発生は、状況をさらに悪化させるものとなりました。
 オンライン授業などの遠隔学習が提供されても、それぞれの障がいに対する配慮が十分でない場合には、授業をそのまま受けるのが難しいことに加え、在宅での学習には家族などによる全面的なサポートが欠かせない場合も多いからです。
 SDGsでは「すべての人々に包摂的かつ公正で質の高い教育を提供する」との目標を掲げる中で、障がい者への平等な教育機会の確保や、障がいに配慮した学習環境の整備を呼びかけていますが、パンデミックで露わになった課題も含めて、早急に改善を図る必要があると思えてなりません。
 そもそも、2006年に障害者権利条約が国連で採択されるにあたって、最も議論になったテーマの一つが教育でした。
 その結果、教育を受ける権利を差別なく実現するために、あらゆる段階の教育制度で「インクルーシブ教育」を確保することが、明確に定められたのです。
 また条約では、障がいのある人に対して「合理的配慮」がない場合は差別に当たるとの原則を示した上で、特に教育の場で配慮が欠かせない点が重ねて強調されました。
 障がいが個人の問題ではなく、社会の側が変わらねばならない課題であるとの視座が、条約で打ち出された背景には、制定の過程で画期的な出来事があったからでした。
 “私たちのことは、私たち抜きで決めないでほしい”との強い声を受け、各国の政府代表だけでなく、障がいを巡る問題に取り組むNGOの代表が、条約の交渉への参加を認められたのです。
 現在まで、障害者権利条約には184カ国・地域が批准をしています。
 今一度、条約の制定に込められた多くの人々の思いに立ち返って、「インクルーシブ教育」の実現に向けた取り組みを拡充すべきではないでしょうか。

1996年6月 池田SGI会長の講演「『世界市民』教育への一考察」

アメリカのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジでの講演「世界市民」の要件として
 ①生命の相関性を認識する「智慧」 ②差異を尊重し、成長の糧とする「勇気」 ③苦しむ人に同苦し連帯する「慈悲」、 を挙げた講演は今も多くの教育者が注目するものとなっている。

脳性まひの障がいがあり、現在はUNHCRの“障がいのある子どもたちの擁護者”として活動するナジーン・ムスタファさんは、自らの体験を踏まえつつ、こう語っています。
 「インクルーシブ教育とは、単に、障がいのある子どもを学校に入学させることではありません。孤立感や隔たり、そして、障がいがないかもしれない他の子どもたちと自分は違うのだといった思いを感じさせることなく、障がいのある子どもたちのニーズに対応していくことです」
 「障がい者用のトイレを設置したり、建物のバリアフリー化をしたりすれば良いというだけの話ではなく、誰もが自分の能力を引き出せるようにすることが、インクルーシブ教育なのです」と。
 彼女は、シリアでの紛争から逃れた難民でもあり、16歳の時に車椅子に乗って移動しながら、3500マイル(約5600キロ)の距離を経て、ドイツにたどり着きました。
 そこで受けた「インクルーシブ教育」の意義などを振り返ったインタビューで、障がいのある子どもたちの思いを代弁するムスタファさんが強く求めていたのが、社会全体の意識を根本的に変えることだったのです。
 「私が育ったところでは、障がいがあるということは、社会の片隅で生活し、学問的にも人間的にも成長することを期待されていないということを意味していました」
 「障がい者に対して社会が抱いている最大の誤解は、私たち障がい者が志や夢を持っているはずがないと思い込んでいることです。私たちの持つ夢がかなうかもしれないという胸中のかすかな希望の光が、障がいがあるというだけで消し去られるはずだ、と考えていることなのです」
 ムスタファさんが訴えるように、社会における無理解や偏見によって、障がいのある子どもたちの心の中から“生きる希望”が奪われることは、決してあってはなりません。

これから生まれる世代の夢を守る

 9月には、国連で「教育変革サミット」が開催されます。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が昨年11月に発表した、教育の未来に関する報告書を受ける形で行われるものです。
 ユネスコでは、社会的な変革に対応する形で教育の役割を再考するために、1972年と1996年に報告書を出してきましたが、今回はそれらに続く、四半世紀ぶりの報告書となります。2019年から2年の歳月をかけ、世界の100万人の声をくみ取りながらまとめられた報告書では、教育格差を巡って次の問題提起がされていました。
 「今後に起こるかもしれない異常事態のシナリオの中には、質の高い教育がエリートの特権となり、その他の膨大な数の人々は生活に必要な物品やサービスが手に入らず、悲惨な生活を余儀なくされる世界の姿も含まれています。現在の教育格差は、今後、悪化の一途をたどり、やがて教育課程そのものが無意味になってしまうのでしょうか。これらの起こりうる変化は、私たちの基本的な人間性にどのように影響を及ぼすのでしょうか」と。
 その上で、難民など厳しい状況に置かれた人々への教育支援や、障がいの有無に関係なく権利を保障する重要性にも言及し、2050年以降を見据えて教育のあり方を考え、共につくりあげることを呼びかけています。
 そこで私は、教育変革サミットでの討議を通して、「緊急時の教育」や「インクルーシブ教育」を巡る課題とともに、この提言の前半で論じたような、地球大に開かれた「連帯意識」を育む「世界市民教育」に焦点を当てながら、「子どもたちの幸福と教育のための行動計画」を採択することを提唱したい。

 紛争や災害をはじめ、パンデミックのような脅威は、子どもの身では対処できないものであり、「緊急時の教育」はその子どもたちを置き去りにしない証しにほかなりません。
 また、初等教育から高等教育まで「インクルーシブ教育」の整備を進めることは、さまざまな差別や境遇で苦しむ子どもたちの教育環境を改善することにもつながります。
 そして「世界市民教育」は、人類共通の課題に立ち向かう礎として欠かせないものです。
 私自身、師である戸田第2代会長の「地球民族主義」に基づいて推進を呼びかけ、SGIでも特に力を入れてきた活動でした。
 21世紀末には、地球上の人口は109億人に及ぶと予測されています。
 9月のサミットで「子どもたちの幸福と教育のための行動計画」を採択して、今、盤石な基盤を築くことができれば、現在の子どもたちだけでなく、これから生まれてくる子どもたちの夢や希望も守ることができるに違いないと、強く訴えたいのです。

パンデミックが知らしめた教訓

 第三の課題は、核兵器の廃絶を何としても成し遂げることです。
 そのために、二つの提案をしたい。
 一つ目は、核兵器に依存した安全保障からの脱却を図るためのものです。
 今月3日、核保有国のアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスの5カ国の首脳が、核戦争の防止と軍拡競争の回避に関する共同声明を発表しました。
 さまざまな受け止め方もありますが、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神を確認し、軍事的対立の回避を共に追求する意思を表明したもので、積極的な行動につなげることが望まれます。
 このような“自制”の重要性を踏まえた共同声明を基礎としながら、核拡散防止条約(NPT)の第6条で定められた核軍縮義務の履行に向けて、核保有5カ国が具体的措置を促進するための決議を、国連安全保障理事会で採択することを呼びかけたい。
 そして、年内に開催予定のNPT再検討会議での合意として、「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」の開催を最終文書に盛り込み、NPTの枠外で核兵器を保有する国の参加も呼びかけながら、大幅な核軍縮を進めることを訴えたい。
 コロナ危機が続く中で、世界の軍事費は増大しており、核兵器についても1万3000発以上が残存する中、その近代化は一向に止まらず、核戦力の増強が進む恐れがあると懸念されています。
 またコロナ危機は、核兵器を巡る新たなリスクを顕在化させました。核保有国の首脳が相次いで新型コロナに感染し、一時的に執務を離れざるを得なかったほか、原子力空母や誘導ミサイル駆逐艦で集団感染が起こるなど、指揮系統に影響を及ぼしかねない事態が生じたからです。

 そして何より、コロナ危機の発生が世界に知らしめた重大な教訓があります。
 国連の中満泉・軍縮担当上級代表は、昨年9月に行った核問題を巡るスピーチで、その教訓についてこう述べていました。
 「新型コロナのパンデミックの教訓として、一見、起こりそうにない出来事が、実際に前触れもなく起こり、地球規模で壊滅的な影響を及ぼしうるということがあります」と。
 私もこの教訓を踏まえて、“核兵器による惨劇は起きない”といった過信を抱き続けることは禁物であると強く警告を発したい。
 中満上級代表がそこで強調していたように、広島と長崎への原爆投下以降、核兵器が使用されずに済んできたのは、それぞれの時代で最悪の事態を防いできた人々の存在と何らかの僥倖があったからでした。
 しかし、「国際環境が流動化し、ガードレールは腐食しているか、もしくは全く存在していない」という現在の世界において、人的な歯止めや僥倖だけに頼ることは、もはや困難になってきているというのです。
 実際、核軍縮に関する二国間の枠組みは、昨年2月に米ロ両国が延長に合意した新戦略兵器削減条約(新START)=注6=だけしか残されていません。
 今月に開催予定だったNPT再検討会議は、新型コロナの影響で延期され、8月に開催することが検討されています。
 前回(2015年)の会議では最終文書が採択されずに閉幕しましたが、その轍を踏むことがあってはなりません。NPTの前文に記された“核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払う”との誓いに合致する具体的な措置に合意するよう、強く望みたい。

核軍縮義務の履行に向け安全保障の見直しを推進

ゴルバチョフ元ソ連大統領と9度目の語らい。
“大事なのは、「歴史がどうなっていくか」ではなく、「歴史をどう変えていくか」である”との認識を共有しつつ、人類の希望の未来を開くために、対話をさらに深めていくことが約し合われた
(2007年6月、八王子市の東京牧口記念会館で)

 

1985年の米ソ首脳の声明の意義

 核保有5カ国の首脳が共同声明で再確認した、「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」との精神は、冷戦時代の1985年11月にジュネーブで行われた、アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長による首脳会談で打ち出されたものでした。
 この精神の重要性は、昨年6月の米ロ首脳会談における声明でも言及されたものでしたが、核時代に終止符を打つために何が必要となるのかについて討議する機会を国連安全保障理事会で設けて、その成果を決議として採択し、時代転換の出発点にすべきだと、私は考えるのです。
 1985年の米ソ首脳の声明は、両国のみならず、全人類にとって有益となる核軍縮交渉の始まりを画したものとして高く評価されていますが、ゴルバチョフ氏は当時を振り返ったインタビューの中で、核軍縮に踏み切った思いについて、こう語っていました。
 「これくらいでは山は崩れないだろうと思って、頂上から石をひとつ、ころがしてみたとする。ところが、その一石が引き金になって山じゅうの石がころがり出すと、山が崩れてしまう。核戦争も一緒で、一発のミサイル発射で全部が動き出してしまう。現在、戦略核の制御・管理は、完全にコンピューターに頼っていると言っても過言ではない。核兵器数が多ければ多いほど、偶発核戦争の可能性も大きくなる」(吉田文彦『核のアメリカ』岩波書店)

 今なお核開発はやまず、一つまた一つと生み出される他国への対抗手段は、「これくらいでは山は崩れないだろう」との見込みで、進められているのかもしれません。
 しかし、脅威の対峙による核抑止を続ける限り、極めて危うい薄氷の上に立ち続けなければならない状態から、いつまでも抜け出せないという現実に、核保有国と核依存国は真正面から向き合うべきではないでしょうか。
 この点に関し、ゴルバチョフ氏が、私との対談でも次のように強調していたことを思い起こします。
 「核兵器が、もはや安全保障を達成する手段となり得ないことは、ますます明確になっています。実際、年を経るごとに、核兵器はわれわれの安全をより危ういものとしているのです」(「新世紀の曙」、「潮」2009年3月号所収)と。

 核兵器の使用を巡るリスクが高まっている現状を打開するには、核依存の安全保障に対する“解毒”を図ることが、何よりも急務となると思えてなりません。

「核兵器の全面的な不使用」を目指し 首脳級会合を広島で開催

2020年9月から10月にかけて、マレーシアの外務省で行われた「核兵器なき世界への連帯」展(首都クアラルンプールの近郊で)
SGIと核兵器廃絶キャンペーン(ICAN)が共同制作した展示は、21カ国90都市以上で行われてきた

核兵器禁止条約の普遍化こそ持続可能な地球社会の礎

 

核抑止政策の主眼は、他国に対して核兵器の使用をいかに思いとどまらせるかにあるといわれます。しかしそこには、核使用を防ぐとの理由を掲げながらも、核抑止の態勢をとる前提として、核兵器を自国が使用する可能性があることを常に示し続けねばならないという矛盾があります。
 その矛盾を乗り越えて、自国の安全保障政策から核兵器を外すためには、国際社会への働きかけを含め、どのような新しい取り組みが自国に必要となるのかを、真摯に見つめ直すことが求められるのです。
 自国の安全保障がいかに重要であったとしても、対立する他国や自国に壊滅的な被害をもたらすだけにとどまらず、すべての人類の生存基盤に対して、取り返しのつかない惨劇を引き起こす核兵器に依存し続ける意味は、一体、どこにあるというのか――。
 この問題意識に立って、他国の動きに向けていた眼差しを、自国にも向け直すという“解毒”の作業に着手することが、NPTの前文に記された“核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払う”との共通の誓いを果たす道ではないかと訴えたいのです。

NPT第6条が定められた意味

 NPTの目的は、核兵器の脅威が対峙し合う状況を“人類の逃れがたい運命”として固定することにはないはずです。その根本的な解消を図らねばならないとの共通認識があったからこそ、NPTの重要な柱として、第6条に核軍縮義務が明確に組み込まれたことを忘れてはなりません。
 冷戦時代とは異なり、緊急事態が生じても、リアルタイムの映像で互いの表情を見ながら、首脳同士が対話を行うことができる時代が到来したにもかかわらず、核兵器を即時発射できる態勢を維持し、互いの出方を疑心暗鬼のままで探り合う状態が続いています。
 核保有5カ国による共同声明では、「我々の核兵器は、いずれも互いの国を標的とせず、また、他のいかなる国も標的にしていないことを再確認する」と宣言されていました。
 今こそ、核保有国はこの“自制”を基礎に安全保障政策の本格的な転換に踏み出し、冷戦時代から現在まで存在してきた核兵器の脅威を取り去るべき時です。
 その環境づくりのために、安全保障政策における核兵器の役割低減をはじめ、紛争や偶発的な核使用のリスクを最小限に抑えることや、新規の核兵器の開発を中止することなどについて、検討を開始する必要がありましょう。
 明年には、日本でG7サミットが開催されます。その時期に合わせる形で、広島で「核兵器の役割低減に関する首脳級会合」を行い、他の国々の首脳の参加も得ながら、これらの具体的な措置を進めるための方途について集中的に討議してはどうでしょうか。
 今月21日、日本とアメリカが、NPTに関する共同声明を発表しました。
 そこでは、「世界の記憶に永遠に刻み込まれている広島及び長崎への原爆投下は、76年間に及ぶ核兵器の不使用の記録が維持されなければならないということを明確に思い起こさせる」と述べた上で、政治指導者や若者に対し、核兵器による悲劇への理解を広げるため、広島と長崎への訪問が呼びかけられていました。
 私も以前から、政治指導者の被爆地訪問の重要性を訴え続けてきましたが、広島での首脳級会合の開催は、その絶好の機会になると思えてなりません。
 首脳級会合では、核兵器のない世界の実現に向けた「核兵器の全面的な不使用」の確立を促すための環境整備とともに、私が2020年の提言で言及した、「核関連システムに対するサイバー攻撃」や「核兵器の運用におけるAI導入」の禁止についても討議することを求めたい。その一連の取り組みを通し、NPT第6条の核軍縮義務を履行するための交渉を本格化させ、核廃絶への流れを不可逆的なものにすることを、強く望むものです。

核禁条約の会合で日本が積極貢献を

戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」60周年を迎えた2017年9月に、その発表の場となった横浜市・三ツ沢の競技場を訪れたSGIの友
戸田会長の遺訓をかみしめながら、「戦争と核兵器のない世界」の建設を誓い合った

核問題に関する二つ目の提案は、核兵器禁止条約に関するものです。
 3月にオーストリアのウィーンで行われる条約の第1回締約国会合に、日本をはじめとする核依存国と核保有国がオブザーバー参加するよう、改めて強く呼びかけたい。そして締約国会合で、条約に基づく義務の履行や国際協力を着実に推し進めるための「常設事務局」の設置を目指すことを提唱したい。
 すでに、条約に参加していない国の間で、スイス、スウェーデン、フィンランドに加えて、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であるノルウェーとドイツも、オブザーバー参加の意向を示しています。
 NATOでは、核兵器への対応について加盟国が独自の道を歩むことを認めてきた歴史があり、一方の核兵器禁止条約においても、核保有国との同盟関係そのものを禁止する規定はありません。

 世界の都市が条約への支持を表明し、自国の条約への参加を促す、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の「都市アピール」にNATO加盟国の多くの都市が加わる中、締約国会合にノルウェーとドイツが参加する意義は極めて大きいといえましょう。
 このアピールには、核兵器を保有するアメリカ、イギリス、フランス、インドの都市のほか、日本の広島と長崎も加わっています。
 締約国会合で予定されるテーマには、「核使用や核実験による被害者支援」と「汚染地域の環境改善」も含まれており、日本が議論に参加して、広島と長崎の被害の実相とともに、福島での原発事故の教訓を分かち合う貢献をしていくべきではないでしょうか。
 ハンブルク大学平和研究・安全保障政策研究所のオリバー・マイヤー主任研究員は、ドイツの参加表明を「多国間主義と核軍縮の強化に貢献できる」と評価した上で、核保有国と非保有国の「橋渡し」役を目指す日本が参加する意義について、こう述べていました。
 「『橋渡し』は、橋の両側に自ら出向いて議論してこそ、可能なはず。被爆国にしかない役割を担うことができる」(「中国新聞」2021年12月6日付朝刊)と。
 日本は2017年から、核保有国と非保有国の識者を交えた「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」と、同会議をフォローアップする会合を行っており、その成果を報告して、建設的な議論に資する意義も大きいと思います。こうした努力を尽くしながら、日本は早期の批准を目指すべきだと訴えたいのです。

 かつて、クラスター爆弾禁止条約の第1回締約国会合が行われた時、34カ国がオブザーバー参加し、その多くが最終的に締約国になった事例もありました。
 核兵器禁止条約についても同様に、より多くの国がオブザーバー参加を果たし、核兵器の廃絶を何としても成し遂げようとする締約国と市民社会の真摯な取り組みに接する中で、条約が切り開く“新しい世界の地平”を共に見つめ直すことが重要だと考えます。
 核兵器禁止条約は、軍縮条約の域にとどまるものではなく、壊滅的な惨害を食い止める「人道」と、世界の民衆の生存の権利を守る「人権」の規範が骨格に据えられた条約です。
 また、先に気候変動問題を論じた際に触れた「グローバル・コモンズ」の観点に照らせば、「人類全体の平和」や「未来世代の生存基盤となる地球の生態系」を守り抜く礎として、欠かせない条約にほかなりません。
 その条約の真価を鑑みた上で、核兵器に依存した安全保障が、現在のみならず未来の世界にどのような影響を及ぼしかねないのかについて、胸襟を開いた対話をすべきです。
 ウィーンでの締約国会合を契機に、立場の違いを超えた対話を重ねる中で、締約国の拡大とともに、直ちに署名や批准に踏み切ることができなくても、条約の真価を前向きに認める国々の輪が広がっていけば、“核時代に終止符を打つための力”に結実していくと信じてやまないのです。
 その意味からも私は、核兵器禁止条約のための「常設事務局」の設置を実現させて、条約の理念と義務を普遍化させるための“各国と市民社会との連合体の中軸”としていくことを呼びかけたいと思います。
 これまでSGIでは、2007年に開始した「核兵器廃絶への民衆行動の10年」を通し、ICANなどの団体と協力して、核兵器禁止条約の採択を後押しするとともに、その実現を果たした翌年(2018年)からは、「民衆行動の10年」の第2期の活動を進めてきました。
 第2期では、市民社会の手で条約の理念を普及させることに力を入れており、本年もその流れをさらに強めていきたい。グローバルな民衆の支持こそが、条約の実効性を高める基盤になると確信するからです。

核兵器禁止条約の普遍化こそ持続可能な地球社会の礎

すべてを一瞬で無にする非人道性

 思い返せば、激動の20世紀を通して何度も危機の現場に身を置いてきた、経済学者のガルブレイス博士が、この課題だけは皆で一致して取り組まねばならないと力説していたのが、核兵器の脅威を取り除くことでした(『ガルブレイス著作集』第9巻、松田銑訳、TBSブリタニカを引用・参照)。
 博士が自叙伝の結びで、「回想録の著者が、どこで公事に関する筆をおくかを判断するのは難しいものである」と述べつつ、あえて締めくくりに書き留めたのは、専門とする経済の話ではありませんでした。
 広島と長崎に原爆が投下された年の秋に、日本を初訪問して以来、「一度もその教訓を忘れたことはない」と語る核兵器の問題だったのです。
 そこには、1980年に博士が行った演説の一節が綴られています。
 「もし我々が核兵器競争の抑制に失敗すれば、我々がこの数日間議論してきた、他の一切の問題は無意味となるでありましょう。
 公民権の問題もなくなるでしょう。公民権の恩恵を被る人間がいなくなるから。
 都市荒廃の問題もなくなるでしょう。わが国の都市は消え失せてしまうから」
 「他の一切の問題については、意見が分れても、それは差支えありません。
 しかし次の一点については、合意しようではありませんか――我々が、全人類の頭上を覆う、この核の恐怖を除くために力を尽すと、アメリカ全国民、全同盟国、全人類に誓うということについては」と。
 ガルブレイス博士が剔抉していたように、核兵器の非人道性は、その攻撃がもたらす壊滅的な被害だけにとどまりません。
 どれだけ多くの人々が、“社会や世界を良くしたい”との思いで長い歳月と努力を費やそうと、ひとたび核攻撃の応酬が起これば、すべて一瞬で無に帰してしまう――。あまりにも理不尽というほかない最悪の脅威と、常に隣り合わせに生きることを強いられているというのが、核時代の実相なのです。

現代文明の一凶を取り除く挑戦を!

 私どもが進めてきた核廃絶運動の原点は、戸田第2代会長が1957年9月に行った「原水爆禁止宣言」にあります。
 核保有国による軍拡競争が激化する中、その前月にソ連が大陸間弾道弾(ICBM)の実験に初成功し、地球上のどの場所にも核攻撃が可能となる状況が、世界の“新しい現実”となってまもない時期でした。
 この冷酷な現実を前にして戸田会長は、いかなる国であろうと核兵器の使用は絶対に許されないと強調し、核保有の正当化を図ろうとする論理に対し、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と、語気強く訴えたのです。
 一人一人の生きている意味と尊厳の重みを社会の営みごと奪い去るという、非人道性の極みに対する戸田会長の憤りを、不二の弟子として五体に刻みつけたことを、昨日の出来事のように思い起こします。
 私自身、1983年以来、「SGIの日」に寄せた提言を40回にわたって続ける中で、核問題を一貫して取り上げ、核兵器禁止条約の実現をあらゆる角度から後押ししてきたのも、核問題という“現代文明の一凶”を解決することなくして、人類の宿命転換は果たせないと確信してきたからでした。
 時を経て今、戸田会長の「原水爆禁止宣言」の精神とも響き合う、核兵器禁止条約が発効し、第1回締約国会合がついに開催されるまでに至りました。
 広島と長崎の被爆者や、核実験と核開発に伴う世界のヒバクシャをはじめ、多くの民衆が切実に求める核兵器の廃絶に向けて、いよいよこれからが正念場となります。
 私どもは、その挑戦を完結させることが、未来への責任を果たす道であるとの信念に立って、青年を中心に市民社会の連帯を広げながら、誰もが平和的に生きる権利を享受できる「平和の文化」の建設を目指し、どこまでも前進を続けていく決意です。

 

 

語句の解説

 注4 生態系の回復に関する国連の10年
 2021年から2030年の10年間を通し、気候危機との戦い、食料安全保障と水供給、生物多様性の保全強化に関し、効果ある対策として、生態系の回復を促進することを目指す。2019年3月に採択された国連総会の決議では、若者をはじめ、女性や高齢者、障がいのある人々、先住民など、すべての関係者が、その取り組みに関与する重要性が強調されている。

 注5 ECW(教育を後回しにはできない)基金
 紛争や災害などの緊急事態をはじめ、長期化する危機の影響を受ける子どもや若者に対し、教育の機会を提供するための国際的な基金。2016年5月の世界人道サミットで設立された。難民や国内避難民への教育支援に力を入れるとともに、コロナ危機においては、子どもだけでなく教員に対する支援も行ってきた。

 注6 新戦略兵器削減条約(新START)
 第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継となる条約として、2011年2月に発効したアメリカとロシアの核軍縮条約。条約の期限が迫った昨年2月、2026年まで条約の期限を延長することが決まった。中距離核戦力全廃条約の失効に続いて、領空開放(オープンスカイ)条約からも米ロ両国が離脱する中、核兵器を巡る状況が不安定さを増すことが懸念されている。

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