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第47回「SGIの日」記念提言㊤ 「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」

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第47回「SGIの日」記念提言㊤ 
「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」

第47回「SGIの日」記念提言㊤ 「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」

2022/01/26

第47回「SGIの日」記念提言㊤ 

「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」2022年1月26日

きょう1月26日は「SGIの日」  
池田先生が記念提言を発表  2022年1月26日

創価学会インタナショナル会長 池田大作

きょう26日の第47回「SGI(創価学会インタナショナル)の日」に寄せて、SGI会長である池田大作先生は「人類史の転換へ 平和と尊厳の大光」と題する記念提言を発表した。
今回の提言は、1983年の第8回「SGIの日」に発表された最初の提言から、通算で40回目となるもの。
 
提言ではまず、世界中が新型コロナウイルスの感染拡大とその影響に苦しむ状況の下で、健康や幸福とは何を意味するのかを巡って、大乗仏教の維摩経で説かれる「同苦」の精神に言及。

経済学者のガルブレイス博士との対談を振り返りながら、“生きる喜び”を分かち合える社会を築く重要性を訴えている。
 
また、創価学会の戸田城聖第2代会長が70年前に提唱した「地球民族主義」の意義に触れ、今後の感染症対策も含めた国際協力を強化する「パンデミック条約」の早期制定とともに、コロナ危機からの再建において、若い世代が希望を育み、女性が尊厳を輝かせることのできる経済を創出することを呼びかけている。

2021年9月「希望を通じてレジリエンスを築く」をテーマに開催された国連総会の一般討論演説(ニューヨークの国連本部で。EPA=時事)

コロナ危機からの復興や、持続可能な再建などが焦点となった

続いて、日本と中国の国交正常化から50周年を迎えることを機に「気候危機の打開に向けた日中共同誓約」を策定することや、世界の青年が主役となって地球環境を総合的に守るための「国連ユース理事会」の創設を提案。

また、新型コロナの影響で約16億人が教育の中断を余儀なくされた事態に警鐘を鳴らし、9月に国連で開催される教育変革サミットで、「子どもたちの幸福と教育のための行動計画」を採択するよう、訴えている。
 
最後に、核拡散防止条約(NPT)の第6条で定められた核軍縮義務を履行するための決議を国連安全保障理事会で採択することや、核兵器禁止条約の第1回締約国会合に、日本をはじめとする多くの国がオブザーバー参加することを呼びかけつつ、核時代に終止符を打つための方途について論じている。

第47回SGI提言① 未曽有の危機を共に乗り越える 

時代の混迷を打ち破る 「正視眼」に基づく行動を  

いかなる試練も共に乗り越え、希望の世紀を切り開く!――
世界192カ国・地域で時代変革の波動を広げるSGIの友(2019年8月、東京・新宿区の創価文化センターで)

 新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が宣言されてから、まもなく2年を迎えようとしています。
 しかし、ウイルスの変異株による感染の再拡大が起こるなど、多くの国で依然として厳しい状況が続いています。
 愛する家族や友人を亡くした悲しみ、また、仕事や生きがいを失った傷を抱えて、寄る辺もなく立ちすくんでいる人々は今も各国で後を絶たず、胸が痛んでなりません。
 先の見えない日々が続く中、その影響は一過性では終わらず、「コロナ以前」と「コロナ後」で歴史の一線が引かれることになるのではないかと予測する見方もあります。
 確かに、今回のパンデミックは未曽有の脅威であることは間違いないかもしれない。
 しかし将来、歴史を分かつものが何だったのかを顧みた時に、それを物語るものを“甚大な被害の記録”だけで終わらせてはならないと言えましょう。
 歴史の行方を根底で決定づけるのはウイルスの存在ではなく、あくまで私たち人間にほかならないと信じるからです。
 想像もしなかった事態の連続で戸惑い、ネガティブな出来事に目が向きがちになりますが、危機の打開を目指すポジティブな動きを希望の光明として捉え、その輪を皆で広げていくことが大切になります。

脅威の様相は異なりますが、今から80年前(1942年11月)、第2次世界大戦という「危機の時代」に、創価学会の牧口常三郎初代会長は、混迷の闇を払うための鍵について論じていました(『牧口常三郎全集』第10巻、第三文明社を参照)。
 

目先のことにとらわれて他の存在を顧みない「近視眼」的な生き方でも、スローガンが先行して現実変革の行動が伴わない「遠視眼」的な生き方でもない。

“何のため”“誰のため”との目的観を明確にして足元から行動を起こす「正視眼」的な生き方を、社会の基軸に据えるよう訴えたのです。
 
この「正視眼」について、牧口会長は日常生活でも必要になると論じているように、それは本来、特別な識見や能力がなければ発揮できないものではありません。
現代でも、パンデミックという世界全体を巻き込んだ嵐にさらされる経験を通し、次のような実感が胸に迫った人は少なくないのではないでしょうか。
 
「自分たちの生活は多くの人々の支えと社会の営みがなければ成り立たず、人々とのつながりの中で人生の喜びは深まること」
「離れた場所を襲った脅威が、時を置かずして自分の地域にも及ぶように、世界の問題は相互に深くつながっていること」
「国は違っても、家族を突然亡くす悲しみや、生きがいを奪われる辛さは同じであり、悲劇の本質において変わりはないこと」
 
その意味で重要なのは、未曽有の脅威の中で深くかみしめた実感を、共に嵐を抜け出るための連帯の“紐帯”としていく点にあると言えましょう。
牧口会長が心肝に染めていた仏法の箴言に、「天晴れぬれば地明らかなり」(御書新版146ページ・御書全集254ページ)とあるように、世界を覆う暗雲を打ち破って、希望の未来への地平を照らす力が人間には具わっているはずです。
 
そこで今回は、コロナ危機をはじめ、世界を取り巻く多くの課題を乗り越え、人類の歴史の新章節を切り開くための要諦について、三つの角度から論じていきたい。

第47回SGI提言② 「社会のあり方」を紡ぎ直す    

新型コロナの危機がもたらした   「打撃の格差」と「回復の格差」

個人の努力では抱えきれない困難

第一の柱は、コロナ危機が露わにした課題に正面から向き合い、21世紀の基盤とすべき「社会のあり方」を紡ぎ直すことです。
 
パンデミックは社会の各方面に打撃を及ぼしましたが、人々が置かれた状況によって、その大きさは異なるものとなりました。
以前から弱い立場にあった人々が、より深刻な状態に陥ったことに加えて、平穏な生活を送ることができていた人々であっても、個人では抱えきれない困難を背負うようになった人は決して少なくありません。
病気になった時に支えてくれる人が周囲にいるかどうか、感染防止のための厳しい制限があっても仕事を続ける道を確保できるかどうか、生活環境の急激な変化に自力で対応できる余裕があるかどうかなどの違いで、打撃の大きさに隔たりがあるからです。
 
社会の立て直しが急がれるものの、感染者数や経済指標といった統計的なデータだけに関心が向いてしまうと、大勢の人々が抱える困難が置き去りにされるという倫理的な死角が生じかねません。
懸念されるのは、その死角を放置したままでは、すでに存在している「打撃の格差」の上に、「回復の格差」が追い打ちをかける事態を招いてしまうことです。
 
ある地域に被害が集中する災害とは違って、コロナ危機では社会全体が被災しているだけに、“支援が必要な人たちが身を寄せ合う避難所”のような場所が、誰の目にもわかる形で現れるわけではないからです。
また、感染防止策の徹底を通して身体感覚に刻まれた“他者との接し方”に加えて、自分の身を自分で守らねばならない状況が続く中で、身近な出来事以外に関心が向きにくくなる“意識のロックダウン”ともいうべき傾向が広がりかねないことが懸念されます。

2018年12月、ヨーロッパの青年部が、仙台市の東北国際女性会館を訪問。
東日本大震災で被災した友のために世界中から届けられた“励ましの品々”などを紹介する、館内の常設展示「東北福光みらい館」を見学した

「打撃の格差」と「回復の格差」を解消する方途を探るために、ここで言及したいのは、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が、世界保健機関(WHO)によるパンデミック宣言の4カ月後(2020年7月)に行った講演です。
 
人権と社会正義のために生涯を捧げた、南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領の生誕日にあたって、その功績を偲ぶ記念講演の中で、グテーレス事務総長は世界を取り巻く状況について、“脅威”ではなく“打撃を受けた人々”に焦点を当てながら警鐘を鳴らしていました(国連広報センターのウェブサイト)。
「新型コロナウイルスは、貧困層や高齢者、障害者、持病がある人々をはじめ、社会的に最も弱い人々に最も大きなリスクを突き付けています」
 
その上で、新型コロナの危機は、「私たちが構築した社会の脆い骨格に生じた亀裂を映し出すX線のような存在」になったと指摘しつつ、グテーレス事務総長が提唱したのが「新時代のための新しい社会契約」の構築だったのです。
 
事務総長は講演の結びで、そのビジョンの手がかりとなるものとして、かつてマンデラ氏が南アフリカ共和国の人々に呼びかけた次の言葉を紹介していました。
「我が国の人々の意識に、自分たちがお互いのために、また、他者の存在があるゆえに、その他者を通じて、この世界で生かされているのだという、人間としての連帯感を改めて植え付けることが、私たちの時代の課題の一つだ」と。
 
私もマンデラ氏と二度お会いしたことがありますが、在りし日の“春風のような温顔”が浮かんでくる言葉だと思えてなりません。

南アフリカ共和国のマンデラ元大統領との初会見。

27年半に及ぶ獄中闘争を経て釈放されてから8カ月後の1990年10月、アフリカ民族会議(ANC)の副議長として来日したマンデラ氏と、池田SGI会長は、誰もが尊厳を輝かせることのできる社会の建設を巡って語り合った
(旧・聖教新聞本社で)

社会契約説の構造的な問題

近代以降の政治思想の底流をなしてきた社会契約説が抱える限界について、私も2015年の提言で、アメリカの政治哲学者のマーサ・ヌスバウム博士による問題提起を踏まえながら論じたことがあります。
 
『正義のフロンティア』(神島裕子訳、法政大学出版局)と題する著書で博士が指摘したのは、ロックやホッブズに端を発する社会契約説が、「能力においてほぼ平等で、生産的な経済活動に従事しうる男性」だけを、その主体として想定する形で構想されていた点でした。
その結果、互いの存在が利益を生むという「相互有利性」に重心が置かれ、女性や子どもや高齢者が当初から対象にされなかっただけでなく、障がいのある人に対する社会的包摂も遅々として進んでこなかった、と。
 
残念ながら今回のコロナ危機においても、こうした伝統的な考え方の影響が色濃く残っていると言わざるを得ません。
パンデミックの対応で設けられた各国の意思決定の場に、参加できた女性の割合は低く、対策についても大半がジェンダーへの配慮がなかったことが指摘されています。
 
子どもたちも置き去りにされがちで、教育の機会を著しく失ったほか、親を亡くしたり、家族が失業したりして、十分な養育を受けられなくなったケースも少なくありません。
また高齢者に関し、緊急事態下で対応が優先されずに必要な支援が得られなかったり、長期にわたる孤独に耐えねばならなかったりしてきた現実があります。
 
障がいのある人々についても、平時から容易ではなかった医療や情報へのアクセスをはじめ、さまざまな面で困難が増しており、一人一人の思いに寄り添いながら、改善を図ることが急務となっているのです。
こうした実態と正面から向き合い、「相互有利性」を第一に考える思想から脱却する時を迎えているのではないでしょうか。

 

病の影響が世界に及ぶ中で 

健康とは何を意味するのか

そのパラダイム転換を考えるにあたって、私が重ねて着目したのが、グテーレス事務総長が昨年6月の「世界難民の日」に寄せて述べていた言葉でした。
「私たち全員が必要なケアを受けられるとき、私たちはともに癒しを得るのです」との言葉です(国連広報センターのウェブサイト)。
 
紛争や迫害、また気候変動に伴う被害などから逃れるために、住み慣れた場所から離れることを余儀なくされた人々は、世界で約8240万人を超えており、各国による社会的な保護から最も疎外された環境に置かれています。
国連難民高等弁務官を長年務めた経歴も持つグテーレス事務総長が、コロナ危機によってさらに悪化した難民と避難民の人々の窮状に思いを寄せて訴えた言葉だけに、ひときわ胸に響いてならなかったからです。
またその言葉には、私どもSGIが掲げる「自他共の尊厳と幸福」を目指す生き方とも通じるものを感じてなりません。

 

維摩経で説かれた「同苦」の生命感覚

大乗仏教の維摩経では、その生命感覚と世界観が説話を通じて示されています。
 
――ある時、さまざまな境遇の人々に分け隔てなく接することで慕われていた、維摩詰という釈尊の弟子が病気を患った。
それを知った釈尊の意を受けて、文殊が維摩詰のもとを訪れることになり、他の弟子たちを含めた大勢の人々も同行した。
 
釈尊からの見舞いの言葉を伝えた後で、文殊が、どうして病気になったのか、患ってから久しいのか、どうすれば治るのかについて尋ねたところ、維摩詰はこう答えた。
「一切衆生が病んでいるので、そのゆえにわたしも病むのです」と。
 
維摩詰は、その言葉の真意を伝えるべく、身近な譬えを用いて話を続けた。
「ある長者にただ一人の子があったとして、その子が病にかかれば父母もまた病み、もしも子の病がなおったならば、父母の病もまたなおるようなものです」
 
菩薩としての生き方を自分が貫く中で、他の人々に対して抱いてきた心情も、それと同じようなものであり、「衆生が病むときは、すなわち菩薩も病み、衆生の病がなおれば、菩薩の病もまたなおるのです」――と(中村元『現代語訳 大乗仏典3』東京書籍を引用・参照)。
 
実際のところ、維摩詰は特定の病気を患っていたわけではありませんでした。
多くの人が苦しみを抱えている時、状況の改善がみられないままでは、自分の胸の痛みも完全に消えることはないとの「同苦」の思いを、“病”という姿をもって現じさせたものにほかならなかったのです。
維摩詰にとって、人々の窮状に「同苦」することは、重荷や負担のようなものでは決してなく、“自分が本当の自分であり続けるための証し”であったと言えましょう。
 
そこには、他の人々が直面する窮状からまったく離れて、自分だけの安穏などは存在しないとの生命感覚が脈打っています。
この仏法の視座を、現在のコロナ危機の状況に照らしてみるならば、世界中で多くの人々が病気とその影響に伴う甚大な被害で立ちすくんでいる時に“健康で幸福に生きるとは何を意味するのか”という問いにも、つながってくるのではないでしょうか。

 

試練の荒波を共に乗り越え  

生きる喜びを分かち合う社会を

ガルブレイス博士の忘れ得ぬ言葉

この問いに思いをはせる時、経済学者のジョン・ケネス・ガルブレイス博士が、かつて私との対談で述べていた言葉が脳裏に蘇ってきます(『人間主義の大世紀を』潮出版社)。
博士は、大恐慌や第2次世界大戦をはじめ、東西冷戦など多くの危機の現場に身を置き、人々が被った傷痕を目の当たりにしてきた体験を胸に刻み、経済のみならず、社会のあり方を問い続けてきた碩学でした。
 
その博士に、21世紀をどのような時代にしていくべきかについて尋ねたところ、次のように答えておられたのです。
「それは、ごく短い言葉で言い表せます。すなわち、“人々が『この世界で生きていくのが楽しい』と言える時代”です」と。
 
対談では、この時代展望を巡る対話に加えて、仏法の思想においても、“人間は生きる喜びをかみしめるために、この世に生まれてくる”との「衆生所遊楽」の世界観が説かれていることを語り合いました。
当時(2003年)から歳月を経て、ガルブレイス博士の言葉を振り返る時、改めて共感の思いを深くしてなりません。
いかなる試練も共に乗り越え、“生きる喜び”を分かち合える社会を築くことが、まさに求められている――と。

 

「21世紀文明と大乗仏教」と題した記念講演を行うために、アメリカのハーバード大学を訪れた池田SGI会長は、講評者の一人であった経済学者のガルブレイス博士と再会(1993年9月)

講演の翌日にも博士の自宅を訪れ、仏法が説く「衆生所遊楽」の世界観などについて対話した

2030年に向けて国連が推進している持続可能な開発目標(SDGs)が採択されてから、本年で7年を迎えます。
コロナ危機で停滞したSDGsの取り組みを立て直し、力強く加速させるためには、SDGsを貫く“誰も置き去りにしない”との理念を肉付けする形で、「皆で“生きる喜び”を分かち合える社会」の建設というビジョンを重ね合わせていくことが、望ましいのではないでしょうか。
 
“誰も置き去りにしない”との理念は、災害直後のような状況の下では、自ずと人々の間で共有されていくものですが、復興が進むにつれて、いつのまにか立ち消えてしまいがちなことが懸念されます。
また、パンデミックや気候変動のように問題の規模が大きすぎる場合には、脅威ばかりに目を向けてしまうと、“誰も置き去りにしない”ことの大切さは認識できても、思いが続かない面があると言えましょう。
その意味で焦点とすべきは、脅威に直面して誰かが倒れそうになった時に、“支える手”が周囲にあることではないでしょうか。

アルゼンチン青年部による第1回「青年平和サミット」の開催にあわせて、会場のロビーで行われた「持続可能な開発目標(SDGs)」に関する展示(2019年3月、ブエノスアイレスの近郊で)

青年平和サミットには、ノーベル平和賞受賞者のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士ら多くの来賓も出席した

そこで着目したいのは、冒頭で触れた「正視眼」について論じた講演で牧口初代会長が述べていた言葉です。
牧口会長は、社会で人間が真に為すべき「大善」とは何かを巡って、こう強調していました(前掲『牧口常三郎全集』第10巻を引用・参照。現代表記に改めた)。
「今までの考え方からすると、国家社会に大きな事をしないと大善でないと思っているが、物の大小ではない」。

そうではなく、たとえ一杯の水を差し伸べただけであったとしても、それで命が助かったならば、大金にも代え難いのではないか、と。
 
そこには、「価値は物ではなくて関係である」との牧口会長の信念が脈打っています。
さまざまな脅威を克服する“万能な共通解”は存在しないだけに、大切になるのは、困難を抱える人のために自らが“支える手”となって、共に助かったと喜び合える関係を深めることであると思うのです。
 
仏法の精髄が説かれた法華経にも、「寒き者の火を得たるが如く」「渡りに船を得たるが如く」「暗に灯を得たるが如く」(妙法蓮華経並開結597ページ)との譬えがあります。
試練の荒波に巻き込まれて、もうだめだと一時はあきらめかけながらも、助けを得て船に乗り、安心できる場所までたどり着いた時に湧き上がってくる思い――。
その心の底からの安堵と喜びにも似た、“生きていて本当に良かった”との実感を、皆で分かち合える社会の建設こそ、私たちが目指すべき道であると訴えたいのです。

第47回SGI提言③ 地球大に開かれた「連帯意識」を

 

脅威の克服へ国際協力を強化

アインシュタインが鳴らした警鐘

次に第二の柱として提起したいのは、地球大に開かれた「連帯意識」の重要性です。
 
今回のパンデミックのように、各国が一致して深刻な脅威として受け止めた危機は、あまり前例がないといわれます。
しかし国際協力は十分には進まず、ワクチンの追加接種を進める国がある一方で、昨年末までに国民の4割が接種を終えた国はWHOの加盟国(194カ国)の半数にとどまっており、ワクチンの世界的な供給における著しい格差が浮き彫りになっています。
 
なかでもアフリカ諸国でワクチンが入手できない状況が続いており、接種を終えた人は全人口の約8%にすぎないのです。
ワクチンの到着を待つ人々が多くの国に残されている中で、“国際協力の空白地帯”を早急に解消することが求められます。
 
この現状を前にして、心ある人々の胸に去来するであろう思いと重なるような言葉を、かつて、科学者のアルバート・アインシュタイン博士が投げかけていたことがありました。
第2次世界大戦後、アメリカとソ連による冷戦が表面化して緊張が走った時(1947年)、世界が分断ではなく連帯の道を進むように訴えていた言葉です(『晩年に想う』中村誠太郎・南部陽一郎・市井三郎訳、講談社)。
 
博士は、中世のヨーロッパで多数の人命を奪い、「黒死病」の名で恐れられたペストに言及し、「例えば黒死病の流行が全世界を脅やかしているような場合なら、話は別になる」のではないかとして、こう力説しました。
「このような場合には、良心的な人々と専門家とが一致して黒死病と闘うための賢明な計画を作成するでしょう。とるべき手段について彼らの意見が一致すれば、彼らは各政府にたいしてその計画を委ねるでしょう」
「各国政府はこれについて重大な異議をさしはさむことなく、採るべき手段について迅速に意見の一致をみるでしょう。各国政府はよもや、この問題を解決する場合に、自国だけが黒死病の害を免れて他国は黒死病によって多数の民が斃(たお)されるというような手段をとろうと考えることはないでしょう」と。

COVAXの枠組みを通じて、エチオピアに届けられた新型コロナウイルスのワクチン(昨年3月、アディスアベバの国際空港で。AFP=時事)

翻って現在、博士が想定したような感染症と闘うための「賢明な計画」と「採るべき手段」については、WHOのパンデミック宣言の翌月(2020年4月)に、「ACTアクセラレーター」と呼ばれる新型コロナ対策の国際的な協力体制が発足しました。その中にあるCOVAXファシリティー〈注1〉の枠組みを通し、途上国へのワクチンの公平な分配を目指す活動が進められています。
 
 以来、これまで144カ国・地域に、合計で10億回分を超えるワクチンが供給されてきました。
 ただし、資金協力の遅れやワクチンの確保競争などの影響で、COVAXが当初に計画していた「20億回分の供給」には、まだ遠く及ばない状況にあり、COVAXへのさらなる支援強化が求められます。
 
 昨年10月、イタリアのローマで開催されたG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)では、途上国へのワクチンや医療製品の供給を促進することが合意されました。
 G20のハイレベル独立パネルが報告書で強調したように、世界全体からみれば、パンデミックのリスクを軽減するための必要な能力や資源が不足しているわけでも、新型コロナに効果的に対応するための科学的なノウハウや資金がないわけでもありません。
 
 アインシュタイン博士が感染症のケースを想定して挙げていたような、「賢明な計画」と「採るべき手段」が、COVAXの活動や、G20の方針などによって明確化された今、パンデミックを克服するための最後の鍵を握るのは、自国だけでなく他国の人々を脅威から守るという、地球大に開かれた「連帯意識」の確立ではないでしょうか。

昨年10月、イタリアのローマで開催されたG20(主要20カ国・地域)のサミット。

新型コロナウイルス対策などを巡って討議が行われ、各国首脳の集合写真では、イタリア赤十字社の医療関係者らも一緒にカメラに納まった(EPA=時事)

世界保健機関の創設を巡る歴史

歴史を振り返れば、WHOが創設されるきっかけとなったのは、国連憲章の制定のために1945年4月から6月まで開催された、サンフランシスコ会議での議論でした。
 
当初、保健衛生問題は議題にのぼる予定はなかったものの、その重要性を指摘する声があがりました。
その結果、国連憲章の第55条で、国際協力を促進すべき分野の一つとして「保健」が明記されたほか、第57条が規定する専門機関の中に「保健分野」の機関が含まれることになったのです。
 
設立に向けて1946年に行われた会議では、第2次世界大戦での敵味方の違いを超えて、各国が参集することが望ましいとの提案を受け、日本やドイツやイタリアなどからも代表がオブザーバーとして参加しました。
また、当時の情勢下で画期的な意義をもったのは、新しい専門機関のあり方を検討する際に、通常の加盟国とは別に「準加盟国」の資格を設けることで、植民地支配の状態が解消されないままで独立が果たせずにいた多くの地域にも参加の道を開いた点です。
 
新しい専門機関の名称についても、国連加盟国だけを想定したような「国連」という文字ではなく、「世界」という文字が冠されることが決まり、1948年4月に正式に発足をみたのがWHOだったのです。

戸田第2代会長が提唱した
「地球民族主義」の先見性

私は以前(1993年3月)、サンフランシスコ会議が開催された会場を訪れたことがあります。
その際に行ったスピーチで、SGIとして国連支援に取り組んできた思いについて、創価学会の戸田城聖第2代会長の信念に触れながら、こう述べました。
 
「実は、私の恩師・戸田第2代会長は、この国連憲章の誕生と相前後して出獄し、創価学会の再建に着手いたしました。
恩師は、日本の軍国主義による2年間の投獄に屈することなく、新たな人間主義の民衆運動を開始したのであります。
それは国連憲章の理念と深く強く一致しております。まさしく戦争の流転の歴史を、根源的に転換せんとする熱願の発露でありました。私どもは、この恩師の精神を原点として、生命と平和の哲理に目覚めた民衆の連帯を全世界に広げてきたのであります。
国連の支援も恩師の遺訓でありました。国連は20世紀の英知の結晶である。この希望の砦を、次の世紀へ断じて守り、育てていかねばならない――と」
 
このように、戦時中の教訓を踏まえて戸田会長が熱願としていたのは、一国の進むべき道の転換にとどまらず、世界全体の進むべき道の転換にほかなりませんでした。
そして、その信念を凝縮する形で戸田会長が70年前(1952年2月)に提唱したのが、「地球民族主義」の思想だったのです。
 
当時、朝鮮戦争などで国際社会の緊張が急激に高まる中にあって、人類が悲劇の流転史から抜け出すための要諦として「地球民族主義」を掲げ、その言葉に“どの国の民衆も、絶対に犠牲になってはならない。世界の民衆が、ともに喜び、繁栄していかねばならない”との思いを託したのです。
パンデミックが続く今、改めてWHOの創設の経緯を顧みた時に、その名称に冠された「世界」の文字に込められた意義が、戸田会長の「地球民族主義」の思想とも重なり合う形で胸に迫ってきます。

1993年3月、池田SGI会長は、国連憲章の署名の舞台となったサンフランシスコの「ウォー・メモリアル・アンド・パフォーミング・アーツ・センター」を訪問

同センターで行われた「国連貢献・国際文化交流推進賞」の授賞式で、国連支援に力を入れてきたSGIの信念についてスピーチした

昨年、国連総会で181カ国の支持を得て採択された政治宣言でも、グローバルな連帯の重要性が次のように示されていました。
「我々は、国籍や場所を問わず、いかなる差別もすることなく、すべての人々、特に脆弱な状況にある人々を新型コロナウイルス感染症から守る必要性について平等に配慮し、連帯と国際協力を強化することを約束する」
 
本来、パンデミックの対応で焦点とすべきは、国家単位での危機の脱出ではなく、脅威を共に乗り越えることであるはずです。
昨年の提言でも強調しましたが、自国の感染者数の増加といった“マイナス”の面ばかりに着目すると、他国との連携よりも、自国の状況だけに関心が傾きがちになってしまう。
そうではなく、世界に同時に襲いかかった脅威に対して、「どれだけの命を共に救っていくのか」という“プラス”の面に目を向けて、いずれの国もその一点に照準を合わせることが、難局を打開する突破口になるはずです。
 
仏法にも、「人のために、夜、火をともせば(照らされて)人が明るいだけではなく、自分自身も明るくなる。それゆえ、人の色つやを増せば自分の色つやも増し、人の力を増せば自分の力も勝り、人の寿命を延ばせば自分の寿命も延びるのである」(御書新版2150ページ、趣意。※新規収録の御文)との教えが説かれています。
このような自他共に広がる「プラスの連関性」を足場として、協力と支援の明かりを灯す国が増えれば、脅威の闇を消し去る方向につながっていくのではないでしょうか。私はそこに、地球大に開かれた「連帯意識」を確立する道があると考えるのです。
 
その意味で肝要なのは、政治宣言で認識が共有されていたように、“国籍や場所を問わず、いかなる差別もなく平等に命を守る”との精神であると言えましょう。

医療に関わる人々の存在は「世の宝」

時代状況は異なりますが、仏典においても、人々の命を救う上でその一点を外してはならないとのメッセージが、ある医師の信念の行動を通して描かれています。
 
――釈尊在世のインドにおいて、マガダ国にジーバカ(耆婆)という名の青年がいた。
タクシャシラーという別の国に名医がいることを知ったジーバカは、その国まで足を運び、医術のすべてを修得した。
 
「多くの人々のために身につけた医術を生かそう」と帰国したものの、ある時、国王の病気を治したことを機に重宝されるようになり、「これから後は国中の者たちの治療に当たる必要はない」と、限られた人の健康だけを守るように命じられてしまった。
それでも、マガダ国の首都で病気を患った人がいた時には、国王の許可のもと、その人の家に向かって治療にあたった。
 
カウシャーンビーという国で暮らす子どもが病気になった時にも、急いでかけつけて手術を行ったほか、頭痛に悩まされていた別の国の王を助けた時には、高額の報酬でその国に留まるよう誘われたが断った。
その後もジーバカは多くの病人を救い、人々から尊敬された――と(中村元・増谷文雄監修『仏教説話大系』第11巻、すずき出版を引用・参照)。
 
このように他国で医術を学んだ彼は、自国の限られた人だけでなく、市井の人々をはじめ、別の国の人々にも医術を施しました。
ジーバカという名前には、サンスクリット語で“生命”という意味もありますが、まさに彼はその名のままに、国や場所の違いを問わず、いかなる差別もせずに、多くの命を分け隔てなく救っていったのです。
 
釈尊在世の時代に尊い行動を貫いたジーバカについて、13世紀の日本で仏法を説き広めた日蓮大聖人は、「その世のたから(宝)」(御書新版1962ページ・御書全集1479ページ)と、たたえていました。
現代においても、コロナ危機が続く中で多くの医療関係者の方々が、連日、献身的な行動を重ねておられることに、感謝の思いが尽きません。
まさに、世の宝というほかなく、その医療従事者を全面的に支えながら、“国籍や場所を問わず、いかなる差別もなく平等に命を守る”との精神を礎にした、グローバルな保健協力を強化する必要があります。

パンデミックが発生した直後に、イギリス各地で行われた「医療・介護従事者に拍手を」のキャンペーン(2020年5月、リバプールで。AFP=時事)

今なお、世界各国で、新型コロナの治療をはじめ、大勢の命を救うために、医療の最前線で献身的な行動と懸命の努力が続けられている

新たな感染症に共同で備える
パンデミック条約を制定

主要国が担うべき特別の役割と責任

この点に関し、私は昨年の提言で、新型コロナ対策での協調行動の柱となり、今後の感染症の脅威にも十分に対応していけるような、「パンデミックに関する国際指針」を採択することを提唱しました。
 
WHOの総会特別会合で先月、今後のパンデミックに備えた国際ルールを策定するために、全加盟国に開かれた政府間交渉の機関を設ける決議が、全会一致で採択されました。
新型コロナへの対応を巡る教訓を踏まえ、ワクチンの公平な分配や情報の共有といった対応について、あらかじめ条約や協定のような形で明文化することを目指し、3月までに最初の会合を開催することが決まったのです。
 
次のパンデミックは“起きるかどうか”ではなく“いつ起こるか”という問題にほかならないと、多くの専門家が指摘していることを踏まえて、「パンデミック条約」のような国際ルールを早期に制定し、その実施のための取り組みを軌道に乗せることを改めて強く呼びかけたい。
 今回のコロナ危機が示したように、どこかの場所で深刻化した脅威が、時を置かずして、地球上のあらゆる場所の脅威となるのが、現代の世界の実相にほかなりません。

昨年11月から12月にかけて、スイスのジュネーブで行われた世界保健機関(WHO)の総会特別会合(AFP=時事)

194の加盟国が、将来の感染症への対応を定めた条約や協定をつくるため、協議機関を設けることに合意した

昨年6月、イギリスで行われたG7サミット(主要7カ国首脳会議)でも、相互に結び付いた世界において保健分野の脅威に国境はないことが、首脳宣言で強調されていました。
 
そして、G7が担うべき特別の役割と責任の一つとして、「将来のパンデミックにおける共同の行動の引き金となるような世界的な手順を作成することにより、対応の速度を改善すること」が掲げられていたのです。
G7の国々はこの首脳宣言に基づいて、「パンデミック条約」の制定をリードし、その基盤となる協力体制についても率先して整備を進めるべきではないでしょうか。
 
私は以前、G7の枠組みにロシアとともに中国とインドを加える形で、「責任国首脳会議」としての意義を込めながら、発展的に改編することを提案したことがありました。
ここで言う「責任」とは、いわゆる大国としての義務のようなものではなく、人類共通の危機の打開を望む世界の人々の思いに対し、“連帯して応答していく意思”の異名とも言うべきものです。
 
人類共通の危機に対して、リスク管理的な発想に立つと、自国に対する脅威の影響だけに関心が向きがちになってしまう。
そうではなく、困難を乗り越えるための「レジリエンス」の力を一緒に育み、鍛え上げることが、今まさに求められています。
 
そして、その原動力となる「連帯」の精神は、気候変動をはじめとする多くの課題を打開する礎ともなっていくものです。
この「連帯」の精神に基づいて、いかなる脅威にも屈しない地球社会の建設を進めることこそが、未来の世代に対する何よりの遺産になると確信してやみません。

 

 

*  *  *  *  *

 注1 COVAXファシリティー
 新型コロナウイルスのワクチンを共同購入して、途上国などに分配するための国際的な枠組み。世界保健機関(WHO)などが主導して、190以上の国と地域が参加している。高・中所得国が資金を自ら拠出して自国用にワクチンを購入する枠組みと、各国や団体などから提供された資金を通じて途上国へのワクチン供給を行う枠組みが、組み合わされている。

第47回SGI提言④ コロナ危機からの再建の課題

 

「働きがいのある仕事」を若い世代に
人々に希望を灯す経済の創出を

 

将来に不安を持つ学生たちが増加

 

第三の柱として提起したいのは、若い世代が希望を育み、女性が尊厳を輝かせることのできる経済の創出です。
 
今回のコロナ危機で世界経済が著しいダメージを受ける中、国際労働機関(ILO)の推計によると、2億5500万人の規模に相当する雇用が失われたといいます。
特に若い世代を取り巻く状況の悪化が懸念されており、若者の就業率は、25歳以上の人々の就業率と比べて大きく低下し、G20の国々では11%も低下しています。
 
また、就職をした若者の間でも、コロナ危機に伴う職場環境の急激な変化で、不安が強まる傾向がみられます。
初めての仕事を、リモートワークなどの形で職場以外の場所でスタートし、周囲に頼れる人がいないままで、仕事をする時期が続いた若者が増えています。
 
加えて、コロナ危機の影響で家庭の経済状況が厳しくなったために、学生ローンや奨学金の返済がさらに重くのしかかったり、自分が志望する仕事に就く上で必要となるスキルを磨く機会を得られなかったりする若者も少なくありません。
こうした状況が続く中、学生の間でも将来のキャリアに対する暗い見通しが広がっており、40%が不安を、14%が危惧を感じているという調査結果も出ているのです。

経済の再建は急務ではありますが、若い世代が抱く不安や危惧が取り除かれ、一人一人の心に「希望」が灯ることがなければ、経済はおろか、社会の健全な発展を期すことはかなわないのではないでしょうか。
 
その問題を考える上で参照したいのは、マサチューセッツ工科大学のアビジット・バナジー博士とエステル・デュフロ博士による考察です。
ハーバード大学のマイケル・クレマー教授と共に、2019年にノーベル経済学賞を受賞した両博士は、『絶望を希望に変える経済学』(村井章子訳、日本経済新聞出版本部)と題する著作で、国内総生産(GDP)という指標が持つ意味に触れて、次のような問題提起をしていました。
「何より重要なのは、GDPはあくまで手段であって目的ではないという事実を忘れないことである」と。
 
また、所得だけを問題にするような「歪んだレンズ」で世界をみてしまうと、誤った政策判断をすることになりかねないと注意を喚起しながら、こう訴えていました。
「人としての尊厳を取り戻すことを大切に考える立場からすれば、経済における最優先課題を根本的に考え直す必要があることはあきらかだ。また、尊厳を重んじるならば、助けを必要とする人々を社会はどう助けるべきか、ということも深く考える必要がある」
 
この著作はパンデミック発生の前年(2019年)に発刊されたものですが、人間の尊厳を支える経済の創出は、待ったなしの課題になっていると思えてなりません。

 

悲劇に沈む人々に笑顔を取り戻す

バナジー博士とデュフロ博士が、人間の尊厳にとって何が大切かという“正視眼”に基づいて、経済のあり方を問うた時に言及していたテーマの一つが、働く場を持つことの意味の重みでした。
同書の中で、かつてバナジー博士が国連のハイレベルパネルの一員として、SDGsの制定に向けた議論に参加していた頃のエピソードが紹介されています。
 
その折、ある国際NGOのメンバーと面会して活動に共感した博士は、デュフロ博士を伴って、貧困状態を経験した人々に雇用機会を提供するためのミーティングに参加しました。
そこに集まっていたのは、かつて事故で大けがをして働けなくなった元看護師をはじめ、深刻なうつ病を経験した人や、注意欠如・多動症(ADHD)に伴う行動で息子の親権を奪われた男性だったといいます。
 
こうした人々が働く場を得られるように支援するNGOの取り組みから、両博士は「社会政策のあり方について多くを教えられた」として、こう強調しました。
「働くのは、すべての問題が解決し働ける状態になってからだと考えがちだが、必ずしもそうではない」「むしろ働くこと自体が回復プロセスの一部だと考えるべきだ」と。
 
そして、ADHDの男性のその後の様子について、「仕事を見つけると同時に息子の親権を取り戻し、働く父に息子が向ける尊敬のまなざしに元気づけられている」と、状況の変化が家族全体に幸福の輪を広げていったことを紹介していたのです。

 
SDGsの目標の一つに、障がい者を含むすべての人々にとっての「働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)」を達成するとありますが、仕事を得て幸福を取り戻した家族の姿に“SDGsが灯すべき希望の光明”を見る思いがします。

「持続可能な未来に色彩を――“2030アジェンダ”への青年の関わり」をテーマに、スペイン創価学会が主催したシンポジウム

「持続可能な開発目標」の重要性を伝えるビデオ上映などが行われた(2019年9月、マドリード近郊のスペイン文化会館で)

バナジー博士が国連のハイレベルパネルの一員になった時と同じ年(2012年)に、私は提言でSDGsの目指すべき方向性に触れて、こう述べたことがありました。
「目標の達成はもとより、悲劇に苦しむ一人一人が笑顔を取り戻すことを最優先の課題とすることを忘れてはなりません」と。
 コロナ危機からの経済の立て直しにおいても、この観点を決して忘れてはならないと、改めて強調したいのです。
 
バナジー博士とデュフロ博士は、社会の谷間に置かれた人々に対する眼差しを変える必要があるとして、こう訴えていました。
「彼らは問題を抱えてはいるが、けっして彼ら自身が問題なのではない」「彼らを『貧窮者』だとか『失業者』といった括りで見るのをやめ、一人の人間として見るべきである。発展途上国を旅して何度となく気づかされるのは、希望は人間を前へ進ませる燃料だということだ」と。
 
私もまったく同感であり、一人一人が自分の力を発揮できる仕事や居場所を得ることで、尊厳の輝きを地域と社会に大きく灯す道が開かれるはずであると、信じてやみません。
 
ILOの主催で「人間中心の復興」に関する多国間フォーラムが、年内に開催されることになっています。
この機会を通じて、各国がコロナ危機の教訓を分かち合いながら、特に若い世代を巡る状況の改善に焦点を当てる形で、「働きがいのある人間らしい雇用」の確保に全力を注ぐことを呼びかけたいのです。

ジェンダー平等の指針を打ち出した「北京行動綱領」の採択25周年を前に、2019年10月、スイスのジュネーブで開かれた市民社会フォーラム

SGIの代表も参加し、「女性・平和・安全保障」に関する作業部会での議論などに貢献した

ジェンダー平等の推進が急務

女性を取り巻く厳しい状況の改善

また、若い世代のための取り組みと併せて、今後の経済の欠くことのできない基盤として強調したいのが、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」の推進です。
 
新型コロナに対応するために、医療機関ではそれまで経験したことのなかった負担や苦労が重なっていますが、医療の最前線で働く人々の7割は女性が占めています。
 
一方で、家族や身近な人の世話や看病をするため、積み重ねてきたキャリアの中断や、休職をせざるを得なかった女性も少なくありません。加えて、景気後退で失われた雇用は女性の場合が多く、最も打撃を受けたのは、幼い子どもを育てながら仕事をしてきた女性たちだったと指摘されています。
 
以前からジェンダーの格差は深刻でしたが、コロナ危機で状況が悪化する中、抜本的な対策を求める動きが広がりました。
その代表的な動きが、昨年、UNウィメン(国連女性機関)などが主催し、2回にわたって行われた「平等を目指す全ての世代フォーラム」です。
 3月のメキシコでの会合には、85カ国からオンラインも含めて1万人が参加し、ジェンダー平等に向けた行動と運動を活性化するための議論が行われました。

昨年6月から7月にかけて、フランスのパリで行われた「平等を目指す全ての世代フォーラム」(AFP=時事)

国連のグテーレス事務総長や各国の首脳らが出席したほか、世界中から約5万人がオンラインで参加した

そして、6月から7月にかけてフランスで行われた会合で発表されたのが、ジェンダー平等の達成に向けた勢いを加速させるための5年間にわたるグローバル計画です。
 
この計画の中で、「ジェンダーに基づく暴力」や「ジェンダー平等のための技術と革新」などの五つの分野とともに重視されていたのが、「経済的正義と権利」でした。
男女の賃金格差をはじめとする課題を提示しつつ、ジェンダーに配慮した経済対策で、貧困に苦しむ女性を減らすことなどが打ち出されましたが、特に注目したのは「ケアワーク(ケアの仕事)」を巡る課題を改善するための提案です。
 
家族の世話や介護などのケアの仕事を、主に女性が無償で担ってきた実態が多くの国でみられる中、新型コロナがその負担をさらに重くしたことが懸念されています。
そこで、負担を社会で分担できるようにするために、国民所得の3%から10%を投資して、ケアの仕事を有給で支えてきた人々の待遇改善を後押しする一方で、ケアに関連する雇用機会を新たに生み出すための環境を整えることが、推奨されたのです。

 

ケア分野の拡充がもたらす波及効果

この点は、UNウィメンが昨年9月に始めたフェミニスト計画〈注2〉でも重視されており、ケアの仕事を“持続可能で公正な経済”の中心に据えることが提唱されていました。
 
世界では、15歳未満の子どもたちが19億人、60歳以上の人々が10億人、障がいのある人々が12億人いると推計される中で、日常生活を送る上で何らかのケアを必要としている人が大勢います。
こうしたケアに関わる分野への公共投資は、女性が抱えてきた負担の軽減だけでなく、子どもや高齢者、障がいのある人々の生活環境の改善につながるなど、大きな波及効果をもたらすことが期待されているのです。
 
そして何より、ケアの仕事が、サポートを受ける人の幸福と尊厳にとってかけがえのないものであることを忘れてはなりません。
 経済成長という“満ち潮”をつくり出すことができても、傷ついたボートがそのまま持ち上がるわけではないといわれます。
 一方で、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」に直結するケア分野の拡充に力を入れていけば、多くの人々の生活と幸福と尊厳を支える社会を着実に形作ることができると、私は信じてやまないのです。

2017年10月、アルゼンチンのコンセプシオン市で開催された「平和の文化と女性展」

環境運動家のワンガリ・マータイ博士をはじめ、時代変革の波を起こした人々の言葉などを紹介した展示に対し、来場者から「平和を担う女性の役割について深く理解できた」との声が寄せられた

私どもSGIも、“万人の幸福と尊厳”を思想の中核に置く仏法の精神に基づいて、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」を推進する活動を続けてきました。
 
2020年にUNウィメンが「平等を目指す全ての世代」のキャンペーンを立ち上げた時は、SGIを含むFBO(信仰を基盤とした団体)の諸団体が、国連機関と協力してニューヨークで行っている年次シンポジウムで、ジェンダー平等を前進させるためにFBOが果たすべき役割について議論しました。
昨年1月にも同じシンポジウムを開催しましたが、そこで共通認識となったのも、パンデミックからの再建を図る上で、経済対策を含めてジェンダー不平等の解消が欠かせないとの点だったのです。
 
また現在、アフリカのトーゴ共和国で、森林再生支援のプロジェクトを進める中で、担い手となっている貧困地域の女性たちをエンパワーメントする活動も進めています。
国際熱帯木材機関(ITTO)との共同で昨年1月に開始した取り組みで、森林の急速な減少が進む地域で植林や保護を行うとともに、女性たちが手に職をつけて経済的に自立することを後押ししてきました。
今後は、プロジェクトを経験した女性たちが別の地域を訪れ、互いの地域で抱える課題について体験を共有しながら、学び合う取り組みも行う予定となっています。

創価学会と国際熱帯木材機関(ITTO)が共同で、西アフリカのトーゴ共和国で進めている森林再生支援プロジェクト

貧困地域に暮らす女性たちが活動の担い手となり、昨年は約3万本の苗木が植えられた

新たに制定された学会の「社会憲章」

私たち人間には、いかなる逆境の最中にあっても、プラスの価値を共に生み出し、時代変革の波を起こす力が具わっています。
コロナ危機を乗り越え、人間の尊厳を支える経済と社会を築く源泉となるものこそ、「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」ではないでしょうか。
 
振り返れば、この二つの時代潮流の淵源となった第4回「世界女性会議」〈注3〉と同じ年に、私どもは「SGI憲章」を制定し(1995年11月)、「いかなる人間も差別することなく基本的人権を守る」などの理念に則り、地球的問題群の解決に取り組む活動を続けてきました。
 
そして昨年11月に、新たに制定したのが「創価学会社会憲章」です。
そこでは、「仏法の寛容の精神に基づき、他の宗教的伝統や哲学を尊重して、人類が直面する根本的な課題の解決について対話し、協力していく」との基本姿勢を示すとともに、「ジェンダー平等の実現と女性のエンパワーメントの推進に貢献する」など、10項目にわたる目的と行動規範を掲げました。
 
今後も、192カ国・地域に広がった仏法の民衆団体として、一人一人が「良き市民」として友情と信頼の輪を広げながら、“万人の幸福と尊厳”に根ざした世界を築くための挑戦を重ねていきたいと思います。

  

*  *  *  *  *

注2 フェミニスト計画
コロナ危機からの復興が、よりジェンダー平等で持続可能な世界を形作るものになることを保証するよう、昨年9月にUNウィメン(国連女性機関)が各国政府に行動を呼びかけた計画。①女性の暮らしを支える経済、②ケアワークを持続可能で公正な経済の中心に据える、③環境に優しい未来へ向けたジェンダーに公平な移行、の三つの主要分野が掲げられている。

注3 第4回「世界女性会議」
世界女性会議は、第1回(1975年、メキシコシティ)、第2回(1980年、コペンハーゲン)、第3回(1985年、ナイロビ)と、5年ごとに開催され、第4回は1995年9月に中国の北京で行われた。その会議で、189カ国が署名した北京宣言と北京行動綱領は、現在にいたるまで、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントに関する包括的な指針となっている。

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